雲の通ひ路吹きとぢよ
坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント
大急ぎで・・・どころか、かなりゆっくりと馬を走らせ、途中街で買い物までしながら帰還したダナとルカを仏頂面のクルガンと疲労困憊のシードが出迎えた。シードなど、馬を下りたダナに駆け寄り、『よくぞ帰ってきてくれた!』と涙を流さんばかりに感動している。ダナはそれをあっさりスルーしてクルガンに問いかけた。 「どうしたの?」 「・・・『ちょっと』のご予定は随分と長いものでございましたね」 ダナが軍を抜けてからかれこそ一週間が経つ。 「予定は未定。確定にあらず・・・よく言うでしょ?」 にっこり。 罪悪感など欠片も感じていない清清しいまでの笑顔だった。 クルガンは大きくため息を、見せ付けるようについた。 「さまざまな後始末が山積しております。総司令の裁可が必要なものも」 「クルガンが適当に処理してくれて良かったのに」 軍主時代にもダナの元には多くの雑務がもたらされた。・・・ひっそりとマッシュに見つからないようにその中のいくつかは飼っていたヤギの餌などにもしていたが・・・ 「そのような訳に参りません。・・・特に捕虜として囚われた騎士団の二人の処分はいったいどうされるおつもりなのですか?」 ルカとダナが並んで王宮の廊下を歩きながら、その背後からクルガンが次々と口頭で用件を告げていく。 「どうしようかな・・・今、どこに?」 「離れの一室に衛兵をたてて監視させておりますが・・」 「が?」 「体が鈍るので運動くらいさせて欲しいと・・・」 ダナがふと中庭に目をやると・・・話題の自分である赤騎士と青騎士がジョギングに励んでいた。 その後に『監視』の役目らしい兵士が息も絶え絶えに続く。 「・・・・・・・・平和だねぇ」 しみじみと呟いた後、ダナは二人に向かって『おーい』と大きく手を振った。 二人もダナの姿に気づいたらしく、少しばかり戸惑いつつもぺこりと頭を下げた。 「ま、いいんじゃない?あの二人にならロックアックス任せても」 「総司令がそう仰るのなら問題は無いでしょう」 問題が一つ片付いた。 シードはクルガンの更に後ろを歩きながら・・・何が不気味ってさっきから一言もしゃべらないルカ様だよなぁと胸中で戦々恐々としていた。 しかしついにルカが口を開いた! 「ダ・・・」 「ルーカ」 満面で笑みを向けられ、ルカは開きかけた口を閉じた。 クルガンとシードは悟った。 いったい道中二人の間に何があったのか。 シードはルカの額にうっすら浮かんだ冷や汗を見逃さなかった。 (こえ〜っ総司令コエーよっ・・・っあのルカ様をこんなにするなんて・・っ) いったい二人の間に何があったのか・・・・それは少しばかり時を遡ることになる。 ぽっかりと目覚めたダナは横に眠るルカを見て、すぐに昨夜・・・いや本日未明までに及んでいたかもしれぬ行為を即座に思い出した。 読書に興じていたダナの邪魔してソファーで一度。 湯を浴びながら更に一度。 やめろと言うダナを無視して更にベッドで三度。 何を、と問うなかれ。発情中の犬だってこれほど酷くは無い。 思い出すだに、ダナの中でふつふつと怒りが湧き起こる。ダナの顔に浮かんだ獰猛な微笑を目にしたならば誰もが真っ先に逃げ出しただろう・・・生憎とルカは健やかに眠っていて幸運にも(?)見ることは出来なかった。 そしてダナは怒りのまま、ルカを風の紋章でベッドの外へと吹き飛ばした。 ・・・まだ部屋の外まで吹き飛ばさなかったあたり理性が残っている。 「・・・・っ貴様!」 突如として床に転がされたルカだったが、一瞬呆けた顔をしたもののベッドの上のダナを見て事態を把握したらしい。少しばつの悪そうな表情になる。 「おはよう、ルカ」 もう日は中天にある。 「・・・・・・」 殺気を感じたルカは、己の武器の在り処を視線で探った。 「よくも、昨日は好き勝手にしてくれたね?」 「・・お前も乗って・・っ」 衝撃波がルカの脇を過ぎり、背後にあったクローゼットを真っ二つにした。 「やめろ、て言ったよね?」 ここで素直に謝っておけば、ルカはその後死ぬような思いをすることも無かったのだろう・・・後悔に先に立たずとは蓋し、名言である。 「本気で嫌だったならば、俺を殺すことだって出来ただろうがっ」 ぴしっと空間が凍りつく音がした。 ルカも即座に己の失言に気づいたが、言葉にしたものを回収することは出来ない。 「へぇ・・・」 ダナの顔から微笑さえ抜け落ち、完全無欠なる無表情が浮かんでいた。 「そう・・・嫌なら、殺せと?」 「・・・・」 「ルカは、そんなに僕に殺されたいんだ?こんなことで。あっさり。・・・ルカに対する僕の思いがそれほど浅薄なものだって、思ってるいるんだ」 「・・・・・・・・・・・・・」 ダナ苛烈な光の灯る目を閉じ・・・窓へと視線をやった・・・その彼方へ。 「帰る」 静かに呟かれたダナの言葉に、ルカの背筋に震えが走った。 その帰る場所が『ルルノイエ』では無いことを感じ取ったがゆえに。 そしてダナが本気であることも・・・もしここで別れれば二度と、ルカがダナに会うことは無いだろうことも、悟った。 「・・・ん」 ルカはベッドの上のダナににじり寄る。 「許さん・・・俺の傍を離れることは許さん」 「僕が行動するのに、貴方の許可など必要無い」 冷えた眼差しで、言い切る。 「俺は、お前は離してはやらん」 ルカはダナの手首を掴み、力いっぱいに握りしめる。ダナの手首はルカの拳であっさりと握り閉められるほどに細く、華奢で・・・容易く折れてしまいそうだ。 「殺されても、離さん・・っ!」 ダナが決断したならば、その意思をルカに覆す手段などありはしない。 だからこそ、命に代えてでも・・・ルカはダナを離してなどやらないと、決めた。今、ここで。 大切なものを、二度と…おめおめと己の目の前から、例えそれが本人であろうとも・・・奪わせはしない。 「だったら、罰ゲーム」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 『発言には責任をもて。意思を言葉にする前に、まず推敲せよ。・・・つまり考えて物を言え、てこと。わかる?ということで、ルカは僕が良いって言うまで話すの禁止』 かくして、ルカはダナに発言を禁止された。 ふざけるな、と叫びたいところは山々なルカだったが、それこそ本当に今度こそ姿を消すだろうダナを容易く想像できたため、我慢して今に至る。 随分と忍耐強くなったものだ、と周囲はもちろんのこと、ルカ自身でさえ思う。 そんなことがあったとは知らないクルガンとシードだったが、触らぬ神に祟りなしという諺は今までの短い付き合いでも十分に身にしみていた。 執務室を通り過ぎたところで、ダナは二人に向き直った。 「明日からバリバリ始末するから。今日は疲れてるからこれまで」 軽い言い様だったが、クルガンもシードも否やを唱えることは出来ない威圧感を醸し出していた。 「・・・畏まりました」 あの狂皇子ルカにさえ意見していたクルガンもあっさり引いた。 「ありがとう。それじゃ、また明日」 バイバイ、と手を振ってダナはルカと共に中へと吸い込まれていった。 「・・・・・・・・・・ダナ」 「ぶーっ。まだ良いって言ってないよ、ル・・・・」 ダナを抱きしめた、ルカは・・・言葉を封じるように口づけていた。 「 「ダナ、お前以外に何も要らん」 |
ルカ様、へたれでもやることやってるんだなぁ・・・(笑) でも朝の様子を想像するとルカの姿の情けなさっぷりに 笑いが耐えられない・・・っ(ぷっ) |