疎にして洩らさず
坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント
ティント市の最も高い場所にある教会、そこをネクロードは根城としたらしい。 「馬鹿と煙は何とやら、て言うのも案外嘘じゃないのかな」 同盟軍軍主一行が教会に入っていくのを確認して、二人はその裏手にまわる。 彼等と同じように馬鹿正直に正面突破して、いらない労力を使う必要は無い。 こっそりと忍び込んで、ネクロードが居るだろう部屋の天井に身を潜める。ダナはともかく図体のでかいルカは窮屈そうだが、足音も立てず身軽に動くところはさすがに悪名を轟かしては居ない。・・・こんなところでそれを発揮しても仕方ないことも確かであるが。 下の様子が見えやすいように小さな穴を開け、そこから覗き込めば・・・ビンゴ。 「うわー、あの馬鹿.。ますます馬鹿っぽくなってる」 ダナは辛辣な言葉を吐いた。 永遠を生きることに妄執を抱いているネクロードだが・・・そんなに生きて何がしたいのか? ダナはそのあたりはどうでもいい。馬鹿の考えることを理解しようとは思わない。・・・それよりも。 「やっぱり」 「何がだ」 「・・・ネクロードの後ろで、腕を組んで暇そうにしてる奴、居るだろう?」 ダナはルカに場所を譲り、確認させる。 「・・・兜を被っているからよくはわからんが・・・」 「ネクロードなんかより、百万倍は厄介な奴だよ」 「知り合いか?」 ダナは心底嫌そうな表情を浮かべた。 「あんな知り合いは欲しくないけどね。・・・あいつが望むのは混乱。それが齎す戦と殺すこと。碌な奴じゃないし、迷惑極まりない」 ダナはその容姿に反してかなりの毒舌ではあるが、他人をここまで酷評するのも珍しい。 「天敵のようだな」 「冗談じゃない」 本気で冗談も言いたくないようなダナの様子に、ルカの顔に笑みが浮ぶ。 「何笑ってるの。だいたいルカだって、他人事じゃ無いだろ」 「どういうことだ?」 ダナはにやりと笑った。 「こういうこと!」 今回旅の共に選んだ三節棍を振り上げると・・・・・ ドゴォォォ!! 勢いよく振り下ろされた三節棍は、天井板を粉々に破壊した。 「おいっ!!」 ルカが叫ぶ。 当然、潜んでいた二人は下の部屋に落ちることになる。 ルカも何をするのだと驚いただろうが、それ以上に驚いたのが下に居たネクロードとユーバーだった。 「な・・・何だっ!?」 見苦しく慌てふためくネクロードに対して、こちらも驚いているのだろうがユーバーはただ腰の剣に手を当て、僅かに目を開いたのみだった。 やがて降り注ぐ瓦礫が晴れて、侵入者・・・ダナとルカのことだが・・・の姿がはっきりする。 「やぁ、久しぶり。 「ひっ!」 微笑を浮かべたダナの挨拶に、ネクロードの顔色の悪い顔が更に悪くなり小さく悲鳴をあげて、ずざざっと後ずさった。その反応だけで、ネクロードの中でダナがどのような印象で残っているのか言わずもがな。 ・・・気持ちはわからないでもない、とルカは心の中だけで思った。 しかしそんなネクロードに構うことなく、ダナは近づいていく・・・三節棍を振り回しながら。 ひゅっひゅっ、びゅンッ・・・という物騒な音が、ダナの艶めかしい微笑と全く合っていない。 「な・・・何故、お、お前が・・・っ!?」 これでもかっというほどに目を泳がせ、必死で逃げ場所を探すネクロードをダナは追い詰めていく。 「何故?・・・愚問だな」 ガガガっ、と追い詰めたネクロードの頭上の壁を三節棍がえぐっていく。 「なけなしの慈悲でもって、お前が逃げるのを見逃した己の愚かさが嘆かわしい。私の耳目の届く場所での貴様の愚劣な所業・・・二度目は無いと知ってのことであろうな?」 ダナは怒気が増すほどに口調が慇懃になっていく。 「楽に死ねると思うな」 最後通牒と共に振り下ろされた三節棍がネクロードの頭を直撃する。 ・・・しかけた所を横手から邪魔に入った剣が弾き返した。 ダナは目を細め、今まで無視していた存在に視線を移した。 「久しいな、麗しの死神よ」 「・・・ユーバー」 自分から注意が反れたのをいいことにネクロードが尻餅をつき、這いずりながら逃げていく。 「ルカ。その馬鹿、逃がさないように足止めしといて」 「殺さなくていいのか?」 物騒な会話だ。 「普通の剣じゃ、死なないんだよ」 ダナは言うと、持っていた三節棍を放り投げ、腰の剣を引き抜いた。 「随分と好きに暴れているようだ」 面白がるようにユーバーは口を歪めている。 「お前には関係の無いことだ。余計な茶々を入れずにさっさと死に場所を求めて去るがいい。ここにはお前が欲するような戦も死体もありはしない」 「それ以上のものがあるでは無いか」 ユーバーは頭一つ低いダナを見下ろし、その顎を掴む。 「相も変わらず禍々しいほどに美しい・・・いや、増したか。あれからどれほどの血を浴びた?どれほどの魂をそれに喰わせた?」 ダナは腰の剣を躊躇うことなく横に払った。 ユーバーは笑いながら、それを避ける。 「お前には関係ないと言ったはずだ。・・・あくまで対抗するというのならば、容赦はしない」 ダナの右手、ソウルイーターが歓喜するように明滅する。 「そう、ここで戦うというのも楽しいだろうが・・・今の貴様では物足りぬ」 ユーバーがずっと発していた殺気が僅かに緩んだ。 「より、その名に相応しく闇の王たらんと狂気に染まる貴様こそが我が嗜好」 ダナは冷徹な眼差しで、ユーバーを睨みつける。 「星々は闇に覆われ、運命は狂い出したようだ」 くつくつと、ユーバーは愉快そうに笑い出す。 「さすがは死を司る闇の王よ」 「戯言はそれだけか」 ダナの殺気が剣を鋭く光らせる。 ユーバーも低く笑い、剣に手をかけた。 ・・・と、 「ネクロードッ!!」 怒声と共に、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。 同盟軍軍主たちと、ビクトール、フリックのパーティが漸く到着したらしい。 いよいよラスボスネクロード、と勢いこんで飛び込んできたのだろう・・・しかし、その勢いがすぐに戸惑いへと変わる。 何しろネクロードは這いずって逃げようとしたところを、ルカの剣に裾を突き刺されて足止めされ、部屋の中央ではダナとユーバーが殺気を振りまいて対峙しているのだ。 これだけを見て、いったい何が起こったのか理解できる人間は居ないだろう。 軍主ローラントは目を泳がせているし、フリックは口を開けて間抜け面を晒し、人一倍気合を入れていたらしいビクトールは叫んだまま動きが止まっている。 「・・・邪魔が入ったな」 ユーバーが面白くなさそうに呟くと、札を取り出し空に放る。 「また会おう・・・来るべき時に」 「断る」 一言で拒絶したダナに、ユーバーは笑って光と共に姿を消した。相変わらず神出鬼没で正体不明な男である。 「さて、と」 ユーバーの気配が完全に消えたのを確認してダナは一同を振り返る。 「遅かったね」 そう声を掛けられ、漸く一同の金縛りが溶ける。 「な・・何でお前がここに居るんだ!?」 しかも彼等の宿敵であるルカまで居る。 「何でも何も、ビクトールたちと目的は一緒だよ」 今更何を、と肩をすくめ・・・床に這い蹲っているネクロードに冷ややかな視線を向ける。 「そこの馬鹿にちょっと軽く死んでもらおうかなって思って」 「軽くってお前・・・」 死ぬのに、軽いも重いも無いだろう・・とフリックが口元を引き攣らせる。 「馬鹿は死ななきゃ治らないって言うでしょ?」 あくまで朗らかに笑顔さえ浮かべてダナは言うが、その目は笑っていない。 ビクトールとフリックは、そんなダナを見て遅まきながら彼が相当に怒っているのだと気がついた。 そして、思い出す・・・かつてネクロードに言い寄られ激怒していたダナの姿を。 「ほら、ビクトール。その星辰剣でぶすっとやっちゃってよ。ぶすっと」 ネクロードはルカに取り押さえられたまま蒼白な顔で(元々顔色は悪いのだが)震えている。 確かに今ならダナ言うところ「ぶすっ」と簡単に息の根を止めることもできる。 だが、いくら憎き仇敵とはいえ・・・あまりにあまりな状態である。 弱い者虐めをしているような気分で躊躇うビクトールに、ダナは薄く笑った。 「フリックは最初から最後まで甘いけど、ビクトールも詰めが甘いんだよね」 おいっ、とフリックが文句を言い出すのを無視する。 「ルカ。もういいよ」 おいでおいでとダナが手招きする。 「何だ、やらんのか?」 「うん。いいこと思いついたから」 にっこりと無邪気な笑顔を晒す。・・・だが、こういう顔しているときこそダナは性質が悪い。 ルカは裾に突き刺していた剣を引き抜くと、不満そうにしながらもダナの横に並んだ。 「そこの馬鹿…じゃない、ネクロード」 名を呼ばれて、びくりと身を震わせる。嘗て味わった恐怖体験は彼の中で根付いているらしい。 「彼等に勝つことが出来たら、見逃してあげてもいいよ?」 (悪魔だ・・・っ!!) その瞬間一同の脳裏に走った思いはきっと共通していただろう。 「ほ・・・本当か!?」 しかしその言葉に一縷の望みを抱いた者が居た。ネクロードだ。 「うん」 嘘偽りございません、とダナが笑顔で頷く。 胡散臭いこと限りないが、ネクロードにわかるはずも無い。 そして、ネクロードは立ち上がると低く笑い出し・・・ばさっとマントを翻した。 「ははははっ貴様らごとき、我が力の前では虫けらも同然よっ!!」 急に元気になったネクロードに、ルカと共に高見の見物を決め込んだダナが『わかりやすい馬鹿』と指差して笑っている。 ・・・・ルカは、ほんの少しだけ彼等が哀れに思えた。 |
たぶんユーバーは『坊ちゃんの嫌いな奴 ベスト5!』にいつもランクインしてそうな予感(笑) |