天網恢恢
坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント
マチルダ騎士団領を陥落して、ハイランドへ戻る途中のダナにカゲが報告に現れた。 野営地の天幕の脇、闇に同化しているとかし思えないカゲにダナは気づいて声を掛けた。 ルカは目の前で剣の手入れをしているが、ぴくりと反応しただけで元の作業に戻っていく。 「どうした?」 こうしてカゲが命じられる前に姿を現すのは酷く珍しい。 「お休み中に申し訳ございません」 「いいよ。何があった?」 カゲの情報はダナにとって何よりも有益なものとなる。 「…ティントにネクロードが現れました」 瞬間、ダナから溢れ出した殺気にルカは手入れしていた剣を構えなおし、護衛として天幕の入り口に立っていた兵士が体を震わせた。 「ネクロード・・・というのは、あのネクロードだよね?」 「御意」 へぇ・・・とダナは物騒な微笑を浮かべる。 「アレ、生きてたのか」 解放戦争時代、ロリマーに巣くっていたネクロードをダナは容赦の欠片も無く痛めつけてやったのだが、しぶとくも生きていたということは・・・ 「まだまだ僕も甘いな」 そういえば、止めはビクトールにまかせたのだ。そのままビクトールは故郷へと帰ることとなり、そのどさくさに紛れて、ダナは『死』を確認することを忘れていた。 「同盟軍軍主、フリック、ビクトールがすでに向かっております」 「ビクトールの仇だもんね、見過ごせないだろう。・・・とすると、風の洞窟に置き去りにした星辰剣も取りに戻ったのかな」 「そのようです」 ダナは顎に手をあて、僅かに思考する。 「星辰剣が手元にあるなら、苦戦はしてもネクロード程度始末できるだろう……本当に敵がネクロードだけならば」 「我が君?」 「・・・三年で完全に復活できるほど僕は手加減した覚えは無い」 何者かが手を貸したのか。 ならば、誰が? 「ティントか・・・丁度いいといえば丁度いい。 「・・・何だ」 「ちょっと抜けるから後よろしく」 許可ではなく、決定事項になっているあたりがダナらしい。 「一人で行くつもりか?」 「そのほうが速いもん。ティント攻撃はもう少し先にと思ってたから軍引き連れて行く訳にいかないし」 ちっとルカが舌打ちした。 「そうでは無い。・・・何故俺ばかりが貧乏くじを引かねばならん」 ん、と首を傾げたダナは、くすくすと笑い出した。 「ルカ、相変わらず素直じゃない」 「・・・・・・・」 「一緒に行きたいなら、行きたいって言ってごらん?んん?」 黙って真面目な顔をしていれば神秘的なまでに崇高な美貌に、悪戯っ子のような笑みを浮かべて不機嫌そうに顔を顰めるルカに詰め寄った。 「ルカ?」 「・・・ついて行ってやる」 「・・・・・」 あくまで素直では無いルカに、ダナはぷっと噴き出すと溜まらず天幕の中を笑いながら転がる。 「おいっ邪魔だ!」 「だって、ルカ・・っルカっ・・・可愛い・・・っ!!!」 「貴様・・・っ」 どかり、とダナ目掛けて振り下ろされたルカの足を軽々と交わす。 「酷い、ルカ。僕を足蹴にするなんて・・・っ!」 「ならば大人しく足蹴にされろっ!!逃げるなっ!!」 きゃーわー、と笑い声と怒声が混じる騒ぎに、護衛役の兵士たちはひたすら聞かないふりで任務を忠実に果たすべく直立不動で夜空を仰ぐ。・・・・母さん、俺、頑張ってます・・・っ!! ルカとダナは、ティント市まで紋章の力を借りて一気に飛んだ。旅の途中で立ち寄った場所であるのでダナの風の紋章で移動が可能だったのだ。 軍の頭二人がいきなり抜けることに、部下たちは何も思わなかったのか…といえばそうでは無い。一応、留守番はお願いしないとね、というダナの訪問を受けたクルガンは『今度はいったいどんな厄介ごとを持ち込んできたのだろう』と言わんばかりの顔でダナを迎え入れ・・・その背後に居たルカに目を丸くした。 そんなクルガンに笑顔で『ちょっと散歩に行ってくるよ♪』とにこやかに告げたダナに、クルガンは念のためにと思い『どちらまで?』と尋ねたのだ。それがまさか・・・『ちょっとティントまで』と応えられようとは思いもしていなかっただろう。はっきり言って『ちょっと』と言う距離では無い。 『一泊二日ぐらいで帰るから』・・・ダナの言葉にそれは最早『散歩』とは言わない・・・クルガンは胸中で突っ込みつつ、『お気をつけて・・・』と言うしかなかった。以前の『狂皇子』(・・・この呼称も何だか懐かしい気もしている)としてのルカも部下の制止など全く気に掛けたことは無かったが、この総司令もその点では嫌になるほどよく似ている。違うのは、どんなに無謀で脈絡なく思えてもその行動には必ずプラスとなる結果がついてくるあたり、強く止める訳にもいかず性質が悪いのだ。 ともかく、ダナとルカは目立つ軍服と鎧を普通の旅人の服に着替えてティント市の食堂で、ひっそりと端のほうで朝食を食べている。 「前に来たときはもっと活気があったのにね」 「・・・・・ふん、その吸血鬼とやらのせいだろう」 宿の主人はダナの顔を見るなり、『外には絶対に出ては駄目だよっ!』と恐ろしく親身になって忠告してくれた。それにダナは笑顔で『僕、こう見えても男ですから大丈夫です』と答えていた。とは言ってもネクロードは嘗てダナに向かって、『男と言えどその美貌であれば、我が花嫁として傍らに並ぶに問題なし』と評されている。・・・そのため激怒したダナに容赦なくシバキ倒されたのだ。 幸いにも(?)一命をとりとめたのならば、そのまま大人しくしていれば良かったものを、こうしてダナの耳に入るところで再び同じような行為をしているとは愚かとしか言いようが無い。 「アレは馬鹿なんだよ。誰かに煽てあげられてふんぞり返っているんだろうけど・・・」 「その『誰か』とは誰だ。凡そ、予想はついているのだろうが」 ふふ、とダナはルカの指摘に笑いを溢した。 「ネクロードは闇の眷属だ。闇の紋章に力を与えることが出来る者は少ない」 「お前ならば可能だろう?」 「そうだね。あとは・・・・」 ダナの言葉は宿屋に息急いて走りこんできた人間によって遮られた。 「大変だっ!市長のっ…グスタフ市長のお嬢さんが、あの化け物に攫われたっ!!」 何だとっと次々と人々が席を立ち、詳しいことを聞こうとその人間を囲み、幾人かは宿を飛び出していく。 「・・・何だ」 何故か考え込んだダナにルカが訝しげな視線を投げかける。 「いや・・・僕の記憶によると、市長の娘さんって・・まだ、7歳か8歳くらいだと思うんだけど・・・」 「・・・・・・そういうことなのだろう」 「へー・・・・」 酷く冷めた眼差しでダナがルカを見る。 「ロリコン」 「・・・俺に言うな。俺に」 ダナは見た目こそ10台前半だが、中身は20歳近い。 「でも、ビクトールたち何しているのかな・・・さっさと殺ればいいのに」 物騒な言葉を吐くが、幸いにも人々の意識は別の方向に集中している。 「始末を他の奴に任せるつもりならば、何故わざわざやって来た?」 「また隙をついて逃げられちゃ困るし、・・・手を貸してるのが僕の想像通りならビクトールたちの手には負えないだろうからね」 「昔の仲間の心配か?」 「ただの利害の一致だよ。まんまんとネクロードを逃がしてしまったのは僕の不手際だし・・・それに」 右手を僅かに押さえ、中空を睨みつけた。 (・・・いい機会かもね) ダナは不敵な笑みを浮かべていた。 |
ネクロードと坊ちゃんのファーストコンタクト(笑)はまたいつか 書けたらなぁ、と思います(笑) |