我が手に落ちるもの


坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント









 ダナ率いるハイランド軍に行く手を遮られたマチルダ青赤両騎士たちはそれを突破せんとそれぞれに剣を抜き放った。


「おのれっハイランドめ!」
「この国をお前たちの好きにはさせぬっ!」

 口々に自分たちハイランド軍を責め立てる騎士たちに、ダナは嘲笑を浮かべた。

「僕たちに好きにさせるのは嫌で、仲間が腐敗させるのは平気だったんだ?」

 ハイランド軍の中から黒馬に乗って進み出た見目麗しい少年の言葉に騎士たちは揃って不審そうな表情を浮かべる。ダナの姿は戦場にあるにはあまりに幼く、騎士ならばまだ見習いであるだろう年頃だったからだ。

「ゴルドーという膿を自ら育て、守ってきたくせに。マチルダが滅ぶはお前たちのせいだと胸に刻め」
 
 ダナは笑みを消し、騎士たちに視線を流す。
 冷淡な言葉に騎士たちか気色ばむ。
 たかが子供に、好きに言われる筋合いは無い。
「言いがかりだと?」
 ダナは鼻でせせら笑う。
「絶対服従の騎士の誓いゆえにゴルドーに逆らえなかったと?……馬鹿馬鹿しい。お前たちは何もわかっていない」
「何を!」
「騎士の誓いがあるから絶対服従するのでは無い」
 言い訳を許さぬ苛烈にして、清冽な視線が騎士たちの欺瞞を暴き立てる。

「絶対服従するに値する相手ゆえに騎士の誓いをするのだ」

 騎士たちは、言葉なく頭を垂れた。
 ゴルドーのやり方を批判しながらも、文句を言うだけで何も出来なかった自分たちを覚えている。
 意気消沈する騎士たちの間から、マイクロトフとカミューが姿を現した。

「耳に痛い言葉を頂戴しました。我が名は赤騎士団長カミュー」
「同じく、青騎士団長マイクロトフと申す」
 ダナは名乗らず口角を僅かに上げた。
「ハイランド王家の貴色を纏う方、御名をお聞かせ願いたい」
 カミューはダナの並外れた美貌に胸中驚きながら、丁重に尋ねてくる。
 ハイランドの貴色は白。王族だけに許されるというほど厳しい規制は無いものの軍の先頭でそれを身に纏うことが許されるのは徒者では無いだろうと判断し。

「私はハイランド総司令官ダナ」

「!!」
 ハイランドに新しい総司令官が立ったという情報は掴んでいたものの、それがこんな年端もいかない少年とは想像だにしていなかった二人は揃って目を剥いた。

「ダナ、いつまで無駄話をしているつもりだ」

 不満そうな声が背後から掛かる。
「あらら、ルカの痺れがきれたみたいだ」
「ルカ…っ」
「狂王子!?」
 騎士団長の背後からもルカの姿に声が上がる。
 畏怖と恐怖と怒気に満ちている。それだけのことを今までルカはしてきているのだ。
 それをダナは言い訳しようとは思わない。過去はどうあろうと消すことも変えることも出来はしない。
 だから。

「それじゃ、戦おうか?」

 あまりに軽い宣戦布告に、二人は呆気に取られて剣を取ることもしない。
 ダナは笑う。
「二人の相手は僕がしよう。…そうだね、僕が負けたら一旦退いてあげてもいいよ」
「…ルカ王子が許すとは思えない」
「総司令官は僕だ。ルカに文句は言わせない…ね!」
 ダナが振り向き、ルカを見ると苦虫を噛み潰したような顔はしていたが、特段文句を言うでも無い。
 誰もがそれを信じられない思いで目にしていた。
 あの、何者の命令も受け入れることのない傍若無人の代名詞とも言えるルカが、己より一回りも幼いだろう少年の言うことを大人しく聞いている。味方であるハイランド軍でも未だに慣れない風情で妙なものでも見るようにルカを見ているのだから無理も無い。
 その美貌に骨抜きにされたのかと下衆の勘ぐりをした騎士たちも居ただろう。その誤りはこれから正される。
 
 ダナは笑みを収め、腰の剣を引き抜いた。

「全軍、進め!」
 振り下ろされた剣が両騎士団の背後にある砦に向けられる。
 その号令と同時に鬨の声をあげ、ハイランド軍は一斉に進軍した。

 ダナも馬を駆り、二人に斬りかかる。
「二人同時にかかって来い!相手してあげようっ!」
「ぬっ」
 その華奢な腕から繰り出されているとは思えない重さを受け止めたマイクロトフが唸る。
 マイクロトフほど力は無いが、その素早さは騎士団一と自負していたカミューの剣も軽々といなされる。
 初めこそ、二対一などという騎士としては卑怯とも言える行為に躊躇っていたが、躊躇いを持ちながら勝てる相手では無いことはすぐにわかった。二人とも覚悟を決めて、ダナに切りかかる。
 しかしどれほど切り込んでもダナはその全てを受け止め跳ね返してくる。
 自分たち二人を相手に、これほど戦える者が居たという驚きと、それが華奢な少年であることに驚愕を超えて畏怖さえ覚える。
 二人の背に流れるのは、汗は汗でも冷たいものだ。
 ダナは馬の足を止めた二人を挑発する。
「どうした?マチルダ騎士団の長の力とはこの程度のものなのか!?」
「ぬおっ!」
 ダナの突きを受けてマイクロトフの姿勢が崩れる。
「マイクロトフ!」
「相棒の心配をしている場合か?」
「くっ」
 また一段と速さを増したダナの剣がカミューの剣を絡め取り弾き飛ばした。
「カミューっ…うっ!?」
 姿勢を立て直しかけたマイクロトフの馬の足をダナのブラックパールが蹴り上げ…たまらず、マイクロトフは落馬する。
 ダナの不利には加勢しなければならずと控えていたクルガンが頭を振る。呆れるほどの強さ…それでも全てでは無い。

「勝負あった、かな?」
 息も乱れていないダナの、圧倒的な強さ。
「降参?」
「…例え負けても我らはハイランドに魂は売らぬっ!」
 拳を震わせ、マイクロトフが叫んだ。
 ダナはそれを馬上から見下ろし、無情につぶやいた。
「別に、誰も買うとか言ってないけど?」
「……っ」
 マイクロトフの顔に朱がのぼる。

(何をせずとも、この世に在る魂は…全て私のもの)

「…我らをどうされるおつもりか?」
 
 こうしている間にも騎士たちは、ハイランド軍の猛攻に耐えられず倒れ、砦への道を明け渡していく。
 ダナの視線の先ではルカやシードが今まで大人しくしていたぶんを取り戻さんとばかりに暴れまくっていた。まぁ、以前のように戦線離脱した人間を問答無用に殺すようなことは無い。ダナの脅しはしっかりと脳裏に刻まれているようだ。

「さぁ、どうしようか?…騎士という奴は揃って頑固で融通がきかないからね」
 そう言ってマイクロトフを見たダナの目には、慈しむような光が浮かんでいた。
 マイクロトフはその目に引き込まれる。嘗て感じたことの無いような息苦しさと…衝動。
「剣を」
 無造作に差し出されたダナの手に、己の命に等しい剣をマイクロトフは一瞬の躊躇いも無く渡していた。
「赤騎士団長殿も」
 カミューは一瞬躊躇ったものの、彼の背後にはクルガンが立っている。
 ダナは二人の剣を受け取って、ブラックパールに丁寧に括りつけた。
「とりあえず二人とも捕虜になってもらうから。剣は丁重に預かっておくよ…拘束せずとも、大人しく指示に従ってもらえるよね?」
 にっこり微笑まれて二人は同時に首を縦に振る。
 有無を言わさぬ笑顔とはこのことだろうな、とクルガンは胸中でこっそりと思った。







 カミューとマイクロトフのことはクルガンに任せ、ダナはルカを追った。
 すでに砦裏門近くまで迫っていたハイランド軍は先頭の兵士たちが門を破壊するのを待っているところだった。
 幾ら裏門とはいえ、普通ならば護衛の兵士が居るはずだが表門から攻め入った分隊でそれどころでは無いのか、それを妨害する相手の姿は一つも無い。

「ふん、音に聞こえた騎士団だけに少しは手ごたえがあると思ったがとんだ期待はずれというやつだな」
「仕方ないね。実質的に騎士団を支えていた青赤騎士団はもう居ないんだから」
 ルカの隣に並ぶ。
「…奴らはどうした?」
「クルガンに預けてきた。とりあえず捕虜ってことで」
 ふん、とルカは鼻を鳴らす。
「甘いことだ」
「リサイクルだよ」
「は?」
「貴重な人材を廃棄するのはもったいないだろ。…先のためにもね」
 ルカは何も言わず、ダナに目を向けた。
 ダナは笑う。

「後悔した?」
 
 (僕を傍に置いたことを)

「馬鹿め」
 ルカの手がダナに伸びる。
 手甲のついた手が言葉とは裏腹に優しく頬に触れた。






「お前は、俺のものだ」







 鮮やかにダナは微笑した。


















戦場でいちゃつくなーっ!(笑)