迫りくる刻
坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント
現在、ハイランド軍では総司令官のダナが全ての指示を下すことになっている。戦場においては皇子のルカでさえそれに従わなければならない。指揮系統が分散すれば兵が混乱するからだ。 但し、ダナが居ないときはルカが全ての指揮をとる。 今まで、『殺せ!壊せ!全てを破壊しろ!』と傍若無人に命令していたルカだったが、ダナの例の脅しが効いているのか、信じられないほどに大人しく兵を率いてロックアックス付近に陣を敷いていた。 そこでダナが仕掛けを施し、帰ってくるのを待っているのだが・・・ 「不気味だ・・・」 「もしや、ルカ様の影武者なんじゃないか・・・?」 「さては偉大なる総司令官殿ということであろう」 クルガン、シード、ハーン将軍・・・各々三人は心情をぼそりと吐露した。 ただ待つだけ、などという行為をルカが大人しく受け入れるなど天変地異の前触れとしか思えないが、そうしなければならない心情も理解できる。 ダナは出発前に、ルカに告げた。 『・・・おい、俺を放置しておいていいのか』 『何が?』 問うルカに、ダナは首を傾げた。 『・・・退屈も過ぎれば、暴れるぞ』 ダナはぷっと笑った。 『何を笑う』 『だって、ルカ!まんま、聞き分けのない子供みたいなんだもん』 『おいっ!』 『信じてるから』 『・・・・・・』 『僕は、ルカを信じてるから』 「あのような顔であのような台詞・・・」 「裏切れるわけねーって」 何の心算も無くするようなダナでは無い。だが、本気でそう思っていることも確かなのだ。 ルカを心から信じる人間など、この世界でダナただ一人ぐらいだろう。 「うちの総司令、最強だなー」 「何を今更、お前も大概鈍いな。シード」 「うるせーよ」 「ごほん。そろそろ総司令がお戻りになる頃だ。各自準備を怠り無くな」 「「はっ」」 そう言うキバの表情も戦場にあるとは思えぬほどに穏やかだった。 その瞬間、全てのものがひっそりと息を潜める。 闇が王を、世界に生み出すその瞬間。 「ただいま!」 ダナの姿が何も無い空間から現れた。 馬上にあったルカは、落ちてきた体を難なく受け止めた。 「もう少しまともなところに帰ってきたらどうだ。もし俺が居なければ地面だぞ」 「ちゃーんとルカにはマーキングしてるから大丈夫」 「なっ・・・お前、俺に何をした!」 身の回りを確認しはじめるルカにダナはにやりと笑う。 「バーカ。あのね散々僕を好きにしておいて、ルカにだって僕のマーキングの一つや二つあって当然だろ」 「む…」 「お二方…」 戦場真っ只中でピロートーク紛いのことを始めた二人にハーンが渋い顔で止めに入った。 「そうそう、ルカで遊んでる場合じゃ無かったね」 「おい」 ダナはルカの腕から身軽に飛び降りると、各軍の将を集めて指示を出す。 ロックアックス攻めはハイランドから近いこともあり、軍の主力の3分の2を率いている。これは同盟軍が到底ハイランドに攻め入る力を持たぬことも原因の一つであるが、いざとなればダナには裏技でトンボ帰りすることも可能だからだ。ぬかりは無い。 「第二軍は、城門を開放したら正面突破で砦を落とす。大した抵抗は無いだろうから一軍で十分だろう」 「はっ」 二軍の軍団長であるハーンが即座に応答する。 ダナには慈悲がある。無意味に部下を罰したり更迭したりはしないが、無能な真似や馬鹿なことをする輩には容赦が無い。 彼らは必死で己の能力分の働きを求められている。 「直属部隊、第一、第五は、背後にまわる。こちらは青騎士と赤騎士が相手となるだろう」 よしっ、と一角から声があがる。シードだ。本来ならば第四軍の部将だが四軍は現在サウスウィンドウに駐屯中でシードとクルガンだけが皇都に戻り、ダナ直属部隊の部将となっている。 「ありがとうございますっ総司令!相手にとって不足無し!」 無邪気なまでに喜ぶシードにダナは微笑んだ。 「シードのそういうところ、僕、結構好きだなぁ」 「…っう、嬉しいですけど、勘弁して下さいっ!!」 ダナの背後にやってきていたルカからシードに向かって殺気が放たれている。 ルカ様も嫉妬なされるようになるとは、微笑ましい…なんてことは、もちろん誰も思わない。思うとすればダナだけだ。 「はいはーい、ルカ。お手」 「誰がするか!」 「何だ、相手にしてもらえなくて拗ねてるのかと…」 「拗ねとらんっ!」 ダナに揶揄われているルカから必死で各々目を逸らしている。 「はいはい。怒らない。それじゃ、ルカは僕と一緒に赤青騎士相手ね。…ハーン将軍、正面のほうの指示は頼みました」 「御意」 ダナが手を上げ、将もそれぞれの配置に散っていく。 従者が引いてきた愛馬ブラックパールに飛び乗り、ダナは剣を掲げた。 「さぁ、行こう。我らに勝利を!」 ダナの走る道筋は、その姿を称えるように輝いて見える。 その姿を見た誰もが己の勝利を予感し、確信した。 「大変だーっ!!」 ロックアックスの砦見張りについていた白騎士が叫んだ。 今までだらだらと同僚と無駄口をたたいていて、眼前に迫るハイランド軍に少しも気づかなかったのだ。 怠慢である。 「すぐに団長にっ!!」 「こんな大事に赤も青の奴も何をやっているんだ!?」 自分たちのことは棚に上げ、他の騎士たちを攻め立てる。しかしながら、彼らのほとんどは演習の名目で砦外に出ており、僅かに残っていたものたちも、両騎士団長と共に脱出を果たしているはずだ。 そうこうしている間にもハイランド軍は土煙をたてて、迫りくる。 騎士(とは名ばかりの)一人が、そっと振り返り、脱兎のごとく駆け出した。…逃げたのだ。 それを契機にして他の騎士たちも顔を見合わせ…同じように戦場から背を向けた。 戦うことは青赤騎士たちに任せきっていた彼らは、実践から遠く。自分たちに迫る恐怖という形無きものに負けた。 拍子抜けなのは、正面攻めを任されたハーン将軍率いる一段だ。 いくらダナが少数での攻撃を保証したとはいえ、それなりの抵抗はあるだろうと思っていたのに。 砦に近づいても上から矢が襲うわけでもなく、敵の影が見えるわけでもない。まるでも抜けの殻のような有様に、反対に敵の罠かと思えたほどだ。 しかしそんな罠を仕掛けても意味が無い。 狐につままれたような気持ちで、兵士たちに城門を打ち破るのを命じた。 一方、挟撃のためにロックアックスの背面にまわったダナたちは、青赤騎士と対面していた。 彼らがハイランド軍の攻撃を読んでいて待ち伏せしていたわけでは無い。彼らはマチルダ騎士団に見切りをつけて同盟軍へと身をよせるために進軍していたのだ。その前に現れたハイランド軍に、さすがに二騎士団も混乱した。 「どうやら間に合ったみたいだ。せっかく攻めても戦力を取りこぼして同盟に身を寄せられたら意味が無いからね」 「味方に引き入れるつもりか?」 「さぁ、どうしよう?」 ダナは微笑する。その気になれば敵にも味方にも、どちらでも選べるのだろう。 「ダナ」 「ルカはどっちがいい?味方につける?それともここで討つ?」 「俺に責任を転嫁するな。総司令はお前だろう」 「ルカは皇子サマでしょう?」 仲がいいのか悪いのか、二人のやり取りは不穏すぎて他の者が口を挟めない。 「二君に仕えず、というのが騎士の志ですが」 戦えることにウキウキしていたシードが、珍しくも意見した。 「うん?」 「仕えるに値すると思える主君があるなら、命も惜しくないと思いますけどねぇ」 矛盾しているようなシードの言葉だが、気持ちはわかる。 くだらない主に忠誠だてて命を落とすよりは、たとえ裏切りでも仕えるべき主を選び、そのために生きて、騎士としての生き様を貫くべきだ。 シードの言葉足らずの言葉を、よく理解しているダナは優しく笑って問うた。 「シードはどうなの?」 「おっ俺ですか!?え、と。その…いや、俺はもう… 彷徨わせた視線を、ぴたりとダナに据える。これこそ口ほどにものを言う、というやつだろう。 彼等の忠誠はハイランドという国に捧げられるものであり、その主は王族に向けられるのが道理である。不忠者と罵られるべきシードの行為を、しかし咎める者など誰も居ない。 ダナ、という存在以上のものなど何も無い。 そう誰にも思わせる、絶対的なカリスマ。膝を折るに躊躇が要らない。 混迷した世界に燦然と輝く光のように・・・自分たちを導いていく指標。 シードばかりは、その周囲の者たちからさえも同様の視線を仰がれ・・・ダナは苦笑を浮かべた。 「・・・・実は、両団長を殺してしまうのはちょっと惜しいかなとは思ってたんだ。」 「どうせそのくらいのことだろう」 ルカが鼻を鳴らす。 ルカだけは変わらない。出会った当初から、ルカにとってダナは、『ダナ』でしか無い。 向けられた純粋な思いに息苦しさを感じていた・・・ダナの呼吸が楽になる。 「それじゃ、彼等と戦いつつ勧誘に励むとしようか」 ね、と片目を瞑ったダナに、ルカは好きにしろと告げた。 |
次は衝突だー・・・・ |