未だ目覚めぬ獅子


坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント







      お前、それはずるくないか?」
「どこが?」
「………」
「はい、ルカはとっとと仕事して下さいね〜」
「………」


 漸くルカとダナが王宮に揃い元に戻ったのだった・・・が。
 ルカはダナが戻ってくる前よりも何故か一層仕事が忙しく、ダナは賭けの通りに一週間の休暇を実行していた。

「ここに居るなら手伝ったらどうなんだ」
「僕はお休み中〜」
 そう、休日を無理やりに脅しとったようなダナは、一日中ルカの執務室で読書やルカをからかいながら過ごしていた。こちらはダナの監視が厳しく(抜け出そうとすると容赦なくナイフが飛んでくる)好きでも無いデスクワークをしているというのに、ダナときたらソファーに寝転がって悠悠自適。…どう考えても待遇に差がありすぎる。
「…お前とて、仕事があるだろうが」
 仮にも総司令官である。しかも三つの都市を併合したばかり。決済しなければならないことはそれこそ山のようにあるはずだ。
「クルガンとハーンに一任した」
 にっこり。あっさり。
「………」
 どうしてもダナで無ければならないというもの以外は持ち込まないようにと笑顔で言われて二人は神妙に頷いていたらしい。そうだろう。誰だって命は惜しいものだ。
 そのくせルカが誰か他の人間に押し付けようとすると邪魔をする。
 理不尽極まりない。(いったいどちらが偉いのだ)
「だいたいルカが悪いんだよ」
「何だと」
「僕の留守中に真面目にしてないからそういうことになるんだろう?出かける前に言ったよね?」
 帰ってくるまでに終わらせておいてね、て。
「………」
 毎日毎日、城門前をうろちょろしていたルカである。仕事が済むわけが無い。
 それでも納得がいかないものを感じつつ、絶対的に立場の弱いルカは渋々目の前の書類に視線を戻す。

『ダナ様親衛隊設立の意見書』

 ぐしゃっ。

「こらー、ルカ。書類に八つ当たりしなーい」
「………」
 ルカのこめかみがぴくぴくと脈打った。

「ところで、ルカ」
「…何だ」
 訳のわからない意見書を闇に葬りさって(つまりびりびりに破いて屑にした)、少しばかり鬱憤を晴らしたルカは、今度は何だとダナに問い返す。


「次はどこ攻める?」


 まるでピクニックにでも行くかのように軽く言われたルカは、にやりと好戦的な笑みを浮かべた。
「問うまでも無かろう」
「だよねぇ」
「…今度は俺も出る」
「大人しくしてるとは思っていないよ」
 但し、とダナは付け加える。
「僕の指示を無視して暴走したら……」
「どうなる?」
豚の気ぐるみ着せて『狂皇子ルカ参上!』の幟を背中に差してポニーに乗って戦場を走りまわらせる
「……………」
 ダナの目は本気だった。恐らくブツはもう用意させているのだろう…。
 ルカは指示に従うことを心から誓った。
「ふふ、楽しみだね〜」
 何がだ。
 こいつ、勝手に命令違反をでっち上げて実行するつもりでは無いだろうな、と危惧しつつダナから受け取った珈琲を口に含む。
「だって、ルカと一緒に遠征だろう。ハネムーンだね





 っぶ・・っ!






「……ルカ、汚い」
 げほげほっと咳き込むルカをダナは冷ややかな視線で見つめる。
「おま…っげほっ…」
「何もそんなに喜ばなくても」
「誰が…っ」
「素直じゃないね」
「……っ」
 怒りと羞恥で真っ赤になったルカを、ダナが指差して笑っている。
 今までのルカだったなら、とうに剣を鞘から抜き放ち斬りかかっていただろう。
 ああ、ルカも成長したんだなぁとダナは涙を拭う仕草をした。
「何をしている」
「いや、ルカも成長したんだと思うと感慨深くて」
「……っ(怒)」
 今度こそルカは本気で怒った。














「そういうわけで、ルカのところ追い出されちゃったんだ」
「……。……」
 クルガンはひょっこりと顔を出した司令官に顔を引き攣らせた。
 あのルカを怒らせておいて追い出されるだけで済むところが凄い。いや、そもそも普通の人間はわざわざルカを怒らせたり、からかったりはしないのだが。
 気を取り直すべく、クルガンは溜息をついた…ところへ顔を覗き込まれて息が止まった。
「……っ」
 秀麗な美貌は間近で見ても全く損なわれることが無い。
「猫の手が必要かな?」
 こちらの動揺をわかっていて、悪戯っぽく笑う。
「……そもそも、貴方の仕事ですが」
「え、僕の仕事はルカの調教じゃないの?」
 知らなかったよ、と大げさに驚いてみせる。
「………」
 ある意味正しいだけに、違うと言えないのが辛い。
「どうか、お願いします」
 それでも素直にクルガンは頭を下げる。
「ルカと違ってクルガンは素直だね。…からかい甲斐がなくて面白くない」
 ぼそりと呟かれた言葉は無視した。
「そう言えば、ハルモニアから客人が来てるんだって?」
「お耳に入りましたか」
「うん。ハルモニアとハイランドって昔から仲が良いもんね、客が来ても不思議では無いか…」
 含み在る言葉に、クルガンは首を傾げる。
「何か?」
「いや・・・誰が来てる?」
「神官将のササライ殿です」
「ササライ・・・」
 ダナの表情に僅かに不快そうな表情が浮ぶ。
「?お知り合いですか?」
「・・・いや、知り合いなどでは無いよ。ただ、・・・僕はあまりハルモニアとは相性が良くなくてね」
 解放戦争終結後、訪れたハルモニアで一騒動起こして逃亡したダナはヒクサクに確実に目をつけられている。そのときにササライとも顔をあわせているので、出来れば会いたくないのだ。
「・・・さっさと出陣したほうがいいかな」
 被害は最小限に抑えたとはいえ、全く無かったというわけでは無い。亡くなった兵たちの遺族への保障やら、功労者への報償、軍備の補充、点検・・・
「クルガン」
「はい」
「明日、緊急会議を開くから主だった将軍たちを召集しておいてくれる?」
「畏まりました。・・・次は」
「うん。クルガンなら予想してると思うけど・・・マチルダ騎士団を攻める」
 同盟都市の半数以上をハイランドに征服された今、マチルダの武力は同盟軍にとって、最も重要なものとなっている。厄介になりそうものは早めに叩くに限る。
「それじゃ!」
 まかせたよ、とクルガンが声を掛ける間もなくダナは部屋を後にした。
「あ・・・」
 逃げられた、と思ったときにはすでに遅い。
























「触れるな」

「!?」
 はっとして振り返った青の法衣を纏った神官将・・・・ササライは振り向いて、更に目を見開いた。
「貴方は・・・」
「誰の許しを得て、ここに立ち入った?」
「・・・マクドール殿」
 ササライは困惑しつつも笑みを浮べ、獣の紋章から離れた。
 二人が居るのは、ルルノイエの王宮でも真奥にあたる獣の紋章が封印された部屋。部屋自体にも封印が施され、基本的にブライト王家の血を引いた者しか出入りできないようになっている。
 ・・・もっとも魔法力に長け、真の紋章を宿した二人にそんなものはあってないようなものだが。
「応えよ、神官将」
「・・・貴方こそこのような所に居るべき御方では無いでしょう」
「私が居る場所は私が決める」
「・・・これは我がハルモニアがハイランドへ贈ったもの」
 ダナはササライの言い訳に嘲笑を浮かべた。
「未だ所有権を主張するか?      否、最初から贈ったつもりなど無かったか?」
「戯れごとを…」
 すっと眇められた視線にササライは言葉を呑む。
 襲いかかる圧迫感に、無意識に足が一歩下がっていた。


「獣は、目覚めぬ。目覚めさせぬ。この、生と死の楔をもって」


 静かなる声。
 静かなる世界。

 床に在る獣の紋章に向かって、漆黒の楔が突き刺さり         







 おおるおぉおぐぉお・ォ・・・









 苦しみの咆哮と共に、消滅した。
 残るは、血に餓えていた獣の静かなる眠りだけ。



「ヒクサクの好きにはさせない」


















ハルモニアでのあれこれはまだ書いてる途中なんですが
長編の『ルック編』をご参照下さい。