真中(まなか)なる心
坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント
ダナたちがルルノイエに帰城した翌日にはサウスウィンドウに遠征していた部隊の一部が戻ってきた。 その中にクルガンとシードも居た・・・のだが。 「やぁ、お帰り。クルガン、シード」 城門で出迎えた総司令官…ダナの姿に二人の顔が引き攣った。 「ご苦労様。元気そうな姿を見られて良かったよ」 美少年の微笑みに二人以外の兵士たちの目じりが下がり、鼻の下が伸びる。 『ああ!生きて帰ってきて良かったっオレ!』なんて内心拳を握っている連中も居る。 しかし、何故か素直に受け入れられないクルガンとシード。 「どうしたの?二人とも」 どうしたもこうしたも。 「あの…司令官、お一人…ですか?」 「うん」 クルガンの問いにあっさり頷くダナ。そのあっさりさが恐ろしい。 「ルカ様は?」 シードの問いに、ぴしっと何かに亀裂が入る音がした。 クルガンがシードを睨みつける。その目は『アホが!余計なことを言うなっ馬鹿!』と叫んでいた。 その間も微笑はそのままに、ダナは周囲の気温を氷点下にまで引き下げる冷気を放っている。 「家出した」 「「……………は?」」 イエデとは何ぞや。 予想外の言葉に、二人の目が点になっている。 「あ。この場合は『城出』かな?」 「「…………」」 にこやか過ぎるダナが、ひたすら恐ろしかった。 寒風吹きすさぶ中、何とか城中に入ることが出来たクルガンとシードは、ダナに与えられた司令官執務室に並んで立っていた。サウスウィンドウでの報告があるからだ…今すぐに逃げ出したくても。 ダナは執務机に座り、組んだ手の上に顎を乗せて二人をにこやかに見ていた。 「改めて、ご苦労様でした。大丈夫だとは思っていたけれど無事に帰ってきてくれて嬉しいよ。サウスウィンドウのほうも無事に奪還できたようだし」 「はい」 口頭での報告以外にクルガンはすでに書き上げていた報告書を差し出した。 それをダナは受け取って、ほぅと溜息をつく。その様は酷く儚げですぐにでも手を差し伸べずにはいられない雰囲気を醸し出してはいたが…それは外見のみであることを短い付き合いでも二人は知っていた。知っていてもそう思わずにはいられないところが凄い。 「全く、ルカもクルガンくらいちゃんとしてくれたらねぇ」 まるでやんちゃな子供を持つ親のような言葉だ。 「本当なら僕は一週間の休暇中なんだよ。それなのにルカが家出なんかするから、ハーンに『ルカ様がいらっしゃらない今、これらを処理するのは司令官以外におられぬでしょう』とか言われて仕事全部押し付けられるし……ルカ、帰ってきたら絶対半殺し」 ぼそぼそ、と付け足された最後の言葉を二人は必死で聞かぬふりをした。 「ダナ様」 「ああ、うん。それじゃあ下がって休んでください。戦で疲れたでしょう?」 ご苦労様、と労わりの言葉を掛けるダナにしかし二人は動かなかった。 「?どうしたの?」 「…ダナ様もお疲れでしょう」 クルガンの言葉に、ぱちぱちと長い睫を瞬かせたダナは…今度こそ大輪の花のような笑顔を浮かべてみせた。その華やかさと温かさに二人は言葉を失う。 「ありがとう」 しかし、それで終わらないのがダナのダナたらしめているところである。 「それじゃ、二人にはルカの捜索をお願いしようかな」 にっこり。 今さら否やを唱えられない二人は、すぐに退出しなかったことを心底後悔したのだった。 果たして、ルカはあっさりと捕獲された。 何故ならば。 『ルカなんて所詮箱入り皇子様だからね。行くところなんて限られてるよ』 と、ダナの推測通り今は使用されていない王族の別荘に潜んでいたところをクルガンとシードに発見された。そうは言ってもあのルカが大人しく二人に捕まるわけが無い。剣の腕だけは万人が認めるルカを互いに傷を負わずに捕獲するのに役立ったのが『はい。これ捕縛の札』とこれまたダナに渡された札だった。 見慣れぬそれにいったいどんな効果があるのだろうかと恐ろしく思いつつも、ルカに投げつけたところ。 札は光を発し、気づけば……ルカの簀巻きが出来上がっていたのだ。 『き…貴様らぁっ!ただで済むと思うなよっ!!』 凄まれても、簀巻きで芋虫のように暴れている状態では恐怖も何も無い。むしろ笑いをこらえるのに二人とも必死だった。まるで陸に打ち上げられた魚のようで…… 『…申し訳ございません、これも司令官の思し召し。お許しを、ルカ様』 司令官、というクルガンの言葉にルカは口をぴたりと閉じて暴れるのをやめた。 『…すげぇ、怒ってましたよ、司令官…』 シードの報告に、ルカの顔から血の気が引く。 そんなに恐いなら最初から家出なんて無謀なことをしなければいいのに…とは思うが、これまでの事情をハーンから全て聞いてしまった二人は、無理も無い…と同情した。 「というわけで、お帰りv」 未だに簀巻きのまま、ルカは自分の部屋の床に転がされていた。 最早不敬とかそういう問題を超えて、人間の扱いとしてどうなのか。 「……さっさと縄を解け」 唸るような声が、ルカの不機嫌を物語っている。 「ルーカー」 ダナがしゃがみこんでルカの顔を覗き込む。 類を見ないほどに麗しい笑みなのに、何故か一月ほど絶食した肉食獣を相手にしているような気分にルカは陥った。 「『ごめんなさい』は?」 「………」 「久しぶりに会えたのに、逃げ出して。そんなに僕と一緒に居るの嫌だった?」 「………」 「ちょっとした冗談だったんだよ。何もそんなに怒ること無いと思…」 「『ちょっとした』?」 「………」 「………」 ダナは笑みを収めて、ルカと見つめあった。 「お前の『ちょっとした冗談』とやらで、俺はお前を失う恐怖を味合わされたわけか」 ルカの『狂皇子』と呼ばれている時には絶対に見ることが出来ないような静かな視線を受けて、ダナは視線を伏せた。…そうして短く何事か呟くと、ルカを拘束していた縄が呆気なく解けた。 「ごめんなさい」 頭を下げたのはダナだった。 解放軍時代の仲間がもしこの場に居たのならば、頬をつねって空を見上げたことだろう。明日…いや今からでも雹どころか槍や爆弾でも降ってくるのではなかろうか、と。 ルカは硬直していた体を解しながら起き上がり、ふんと鼻を鳴らした。 「さっさと寝るぞ」 「………うん」 二人ともいちいち言葉を重ねはしない。 大事なものを失うことの辛さは、誰よりもよくわかっている。 それでも動かないダナの体をルカは片手で抱き上げて、寝室へ続く扉を抜けた。 もしもの時のために、部屋の外に詰めていたクルガンとシードは、安堵の吐息を漏らしたのだった。 |
タイトルの意味。 下に心で、恋。 真ん中に心で、愛。 |