お遊びもほどほどに


坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント








 総司令官帰還の報告を受けて、ルカはその姿を今か今かと城門で待ち受けていた。
 あっちに行ったりこっちに行ったり…門衛は大層迷惑だっただろうが、主君である相手に『迷惑です』なんて言えるわけが無い。・・・もっともそんなことをルカにはっきり言って無事でいる人間などダナのほかには居ないだろうから、賢明な判断だっただろう。
 そうして半日ほどうろうろしていたルカは(門衛は一度交代した)、白い旗が遠く翻るのを視界に入れてぴたりと立ち止まった。そして、城の中へと引き返す。
 門衛たちはルカの行動が理解できず、問うことも出来ず、その姿を目を丸くして見送った。
 ・・・・が、すぐに戻ってきた。
 ダナが乗る黒馬とは対を成すような白馬の背に乗って、城門にでんと居座る。邪魔なこと限りないが、もちろんそんなこと誰も言えっこない。(果たして殿下はいったい何がされたいのであろうか…と多くの兵士が疑問を抱いた)
 やがて、見えていた旗が徐々にはっきりし、馬蹄が大地を響かせる音が耳に聞こえてくる。
 輝かしい軍功を打ち立てた兵士たちに街の中から惜しみない賞賛があがる中を、並足で軍勢は城門に近づいてくる。その姿もはっきり捉えられた。
 だが、先頭に居るだろうと思っていたダナの姿は無く、ハーン将軍がダナの馬であるブラックパールの手綱をとっている。
 ルカはむっと口を引き結び、眉間に皺を寄せた。


「ルカ様」
 どう見ても不機嫌そのものな皇子にハーン将軍が声をかける。
 退けてもらわなければ兵士が城の中に入れない。
「あいつはどうした?」
 ふ、とハーンが視線を後方へと移す。
 釣られてルカも視線を流すと、軍勢には不似合いな馬車がある。
「何だあれは」
「総司令が乗っておいでです。・・・その、ルカ様。申し訳ございません、総司令は・・・」
「どけっ!」
 話途中のハーンを押しのけ、ルカは馬車に近寄ると乱暴な仕草でその扉を開け放った。



「ダナ!貴様っ何のつも・・・っ!?」



 馬車の中には、力なく横たわるダナが居た。
 腕や足に白い包帯を巻き、それでも押さえきれない血がそれを汚している。
 息遣いも荒く、気だるげに首だけを動かし・・・ルカをその目に写した。

「・・・・ルカ」

「・・・・っ!?」

 あまりに儚い・・・今にも消えそうな微笑に、ルカは馬車の中へ飛び込むと跪いた。
 そして、まるで壊してしまうことを畏れるように、手を伸ばす。

「これは・・・これはいったい・・・どういう、ことだ・・・っ!?」

 ダナが怪我をしたなどという報告は一切ルカの元には届いていない。
 いったい何故こんなことになったのか、ルカは有りえないほどに取り乱し言葉さえ上手く綴れない。
 ダナは、そんなルカに包帯を巻かれた手を震えながら伸ばし・・・その頬に触れた。

「ああ…ルカ、やっと、貴方のところへ、帰って・・・来た」
「ダナ・・・っ」
 ルカの頬に触れる手は、氷のように冷たい。
 らしくもなく、ルカの体が恐怖に震えた。
「ルカ、ごめん・・・ね・・」
 慈しむように微笑し、ダナはその漆黒にも似た真紅の瞳から一粒涙を落とした。
「ふ・・ざけるなっ、誰だっ!いったい誰がお前に傷をつけた!?」
「・・・ルカ・・」
「・・許さんっ・・俺を置いて逝くことは、絶対に許さんぞっ!!」
「ルカ・・・ごめん、ルカ・・・最期に貴方に会えて・・・良かった・・」
「やめろっ!ダナっ!」
「大好きだよ、ルカ・・・」
「駄目だっ!逝くなっ!!目を開けろっ!!」
 白い瞼が落ちていく。
 掴んでいた手からすぅ、と力が抜け・・・ルカの手の中から落ちていった。


「ダナっ!!!!!」


















            よし。賭けは僕の勝ちだね!」










「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」









 呆然と膝をつくルカの前で、横たわっていたダナは身軽に起き上がり、首をごきごきいわせた。
「んー、ずっと同じ格好してるとさすがに凝るね」
 その姿には先ほどの弱弱しさなど欠片も無い。
 体も問題なく動き、凝った凝ったと言いながらも正拳付きを繰り出している。
「ど・・・これ・・・は・・・どういう・・・」
「ルカ。何言ってんのかわかんない」
「・・・・・・・・総司令」
 ルカの背後からハーンの声がした。それは呆れと・・・悲哀と同情を含んでいる。
「あ、ハーン将軍。賭けは僕の勝ちということで」
「・・・・・・・いたしかたございませんな」
「・・・・・・・賭け、だと」
 ルカの顔が無表情になっている。
 ダナはそんなルカを気にすることなく、あっけらかんとネタばらし。
「そう。ルカが泣いたら僕の勝ち。一週間のお休みが賞金♪ねぇ〜?」
「・・・・・・・左様でございますな」
 ハーンは先ほどから淡々とダナの言葉に相槌だけ返す。
「賭けは僕の一人勝ち!だって、みーんな、ルカは絶対泣かない!て言い張るんだもん。」


「・・・・・・・・・・『みな』?」


「うん」
 にこりと屈託なく笑って頷いたダナは放って、ルカは周囲を見渡した。
 正面の馬車の窓に一人、入り口からハーンともう一人、・・・おまけにダナが寝ていたのとは反対側の椅子の下から二人・・・・・・・こっそりと、申し訳なさそうに・・・しかし、しっかりとルカを見ている。

「・・・・貴、様ら・・・」

 ゆらゆらとルカの背後に、物騒なオーラが立ち上っていくのが見えた・・・気がした。

「ひーっお許し下さい!」
「総司令がっ総司令がどうしてもと!!」
「見てませんっ見てませんっルカ様が涙を流したところなんて!!」
ルカ様も人間だったんだなぁ、なんて思いもしませんでしたっ!!!」
「・・・・・・・・・・」
 墓穴を掘りまくる部下たちに、ハーンは無言で額を押さえた。
 主犯であるダナは、そんな彼等(ルカも含めて)の様子にあははと手を打って喜んでいる。
 そして、わなわな怒りと羞恥に身を震わせているルカに追い討ちをかける。



「今さら言い訳したって無駄だよ。証人はたくさん居るからね。な・き・む・し・さんv



 ブヂィッッ!!!

 何かがぶっチギレル凄い音がした。













「・・・・・・ダナ    ァ゛ッッッ!!!!」

















 怒り頂点に達し、暴れまくるルカを見てダナは肩をすくめた。

「あれくらいで怒るなんて、短気なんだから」
「・・・・・・・・。・・・・・・・」

 横で聞いていたハーンは、未だ嘗て無い深い深い同情と憐憫をルカに寄せたのだった。





















ルカ遊びは坊ちゃんの嗜みです(前にも書いた気が・・笑)