触らぬ神に祟りなし


坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント







 立ち込める暗雲こそ、同盟軍の行く末を示しているようだった。



 打つ手無く、ハイランド軍に惨敗して本拠地に戻ってきた新同盟軍の面々は重苦しく沈んでいた。
 その中でもハイランド総司令=ダナのことを解放軍時代の頃から『リーダー』として知っている者たちは、激しく動揺していた。今はローラントをリーダーとして集ってはいるが、このぶんでは離反者も少なからず出てしまうだろう。
 これはローラントに魅力が無いわけでも、力不足な訳でもない。
 ただ、相手が悪かったとしか言いようが無いだろう。
 ダナ・マクドール。
 その名は地上を照らす陽光にも、闇夜を貫く月光にも優りこそすれ劣らない輝きを持っている。
 彼は他に何者にも代えがたい稀有なる人。

 負けた時さえ磊落さを失わないビクトールは雷撃を受けた影響だけでなく、馬上でうな垂れ…フリックなどトレードカラーの蒼さえ通りこして白い。軍主であるローラントにも何も声を掛けてやることが出来ない。そのローラントも、自分の力の無さに普段の明るさはなりを潜め意気消沈していた。
 本拠地はそんな彼らを静かに迎え入れた。


「ご無事でのお戻り何よりです」


 軍師であるシュウが出迎えた。
 入り口までシュウが下りてくるのは珍しい。
「シュウさん…」
「話は伝令より伺いました」
 いつもの鉄面皮だったが、どこか疲れを感じさせる。
「真に残念なことですが…こちらも悪いニュースをお伝えしなければなりません」
 同盟軍の幹部たちに緊張が走る。
「グリンヒル、サウスウィンドウが完全に落ちました」
「!!」
 トゥーリバーばかりでなく二つもの都市が、この僅かの間にハイランドに占領された…その衝撃に声も無い。
「グリンヒルは無血開城、サウスウィンドウはクルガン、シード両将軍の猛攻に耐え切れず降伏しました。三方を同時に攻撃されては兵の絶対数として負けている我ら同盟軍には成す術がありません。敵ながら見事と言うしか無いでしょう…新しく総司令官の座についたその人物は」
「…っごめんなさい!」
「ローラント殿?」
「トゥーリバーを任せてもらったのに…何も出来なかった…っ」
「…貴方のせいではありません。誰が行ったとしても恐らくは…」
 シュウは首を振った。
「それでお疲れのところを申し訳ありませんが、会議室にいらしていただけますか?」
「…うん、何?」
「前々からトランに同盟の申し入れをしていたことは話していたと思いますが…」
 フリックとビクトールの体が震えた。
「そのトランからの使者がお待ちです」
「そうなんだ…はい、僕が会わなくちゃいけないですね」
 ローラントは気持ちを切り替えるように頷いた。
「フリック、ビクトール。お前たちも同席してくれ」
 シュウの言葉に、二人とも頷いた。




 会議室の扉を開くと、一足先に魔法でさっさと帰っていたルックが相変わらず不機嫌な表情で腕を組んで立っていた。石版の前に居ないと思ったらこんなところに居たらしい。
 そのルックに睨みつけられ、へらりとした表情を浮かべて座っているのがトランからの使者なのだろう。ローラントは挨拶を口にしようとして…

「シーナ!?」

 背後に居たフリックが叫んだ。
「よぉ、久しぶり〜。やっぱ生きてたんだな、あんたら」
 シーナと呼ばれた青年はひらひら〜と手を振った。ローラントよりも、2,3歳ほどしか年上には見えないこの青年がトランからの使者なのか…どうやら腐れ縁コンビと親しいらしい。
「遅いよ。道草でも食ってたの」
 辛辣な言葉を吐くルックに三人の顔が引き攣る。魔法で移動できる人間に言われたくは無い。
 シーナが立ち上がると、ローラントの前まで来た。
「あんたがこの同盟軍のリーダー?オレはシーナ。よろしく」
 少しばかり軽薄そうだが、人好きのする笑顔だ。
「ローラントです。よろしく」
 軽く握手をかわして、席についた。

 まずシーナは自分も身元を証明する書状を彼らに渡した。
 それによると、シーナは現トラン大統領の息子であるらしい。
「…大統領のご子息は、放蕩息子だ噂に聞いた覚えがありますが?」
「シュウさんっ」
 まさか本人目の前にしてそんなことを言うとは思わずローラントが声をあげる。
「はははっ、あんたもなかなかきついな。ま、そうだとしても今のオレはトランの全権大使だ。やることはきっちりやる」
 軽薄そうに笑っていても、シーナの目に甘さは無かった。
「そうですか、失礼しました。それで、トランの回答は?」
「結論だけ言わせて貰うなら、『否』だな」
 諦めと失望と半々だった。昔から敵対しているトランに協力を要請するのだから、断られることも十分あると予想していた。だが、その確立を低くするためにもシュウは同盟軍がハイランドに勝利した場合に、トランとの絶対の中立と相応以上の代価を約していた。
「理由を、伺ってもよろしいか?」
「ん〜、それはそっちの奴らのほうがよくわかってんじゃねぇ?」
 シーナの目がフリックたちを見た。
「どういうことだ?」
 シュウがフリック、ビクトール、ルックを見る。
「……ダナ、か」
 フリックが絞りだすように声を出した。
「『ダナ』?」
 シュウが眉を寄せた。
(…どこかで聞き覚えのある名…トランの……)
「…っ!?トランの英雄か!」
「え!?」
「ローラント殿はご存知ではありませんか?…ダナ・マクドール、腐敗した赤月帝国を打ち倒した英雄の名です」
「あ…うん、聞いたことがある」
 シュウの師であったマッシュが選んだ主…それだけに記憶に残っている。
「…しかし、彼はその後行方不明だと聞いていますが?」
 その情報は正しい、とシーナは頷く。
「例え行方不明でもな、あいつの言葉はトランにとって絶対なんだよ」
「意味がわかりません」
 仕方無いな、とシーナは息を吐いた。
「先日、行方不明のダナからトランに忠告が齎された。曰く、『同盟とハイランドには不干渉』てな」
「馬鹿馬鹿しい。英雄とはいえ、実際には国を放置して逃げ出したも同然の人間に内政に干渉する権限など…っ」
 どこからか発せられた殺気にシュウが言葉を途切れさせた。
「あー、シュウさんって言ったけ?あいつのことを軽軽しく批難したり侮辱すんのはやめたほうがいいぜ。命がけになるからな」
 今の殺気はシーナでは無かった。では、誰が…
「…忍をお連れか?」
 シーナは否定とも肯定とも言えない笑いを浮かべた。放蕩息子と呼ばれようと彼はトラン大統領の息子、単身で同盟軍の本拠地に乗り込むわけが無いというわけか。
「…私は正論を述べたまで」
「あんたもなかなか頑固だな。だけど、『英雄』に対するトランの人間の思いは神への信仰にも等しい…いや、それ以上だ。これ以上トランとの関係を険悪にしたくなければ迂闊なことは言わないほうがいい。…それと、オレにとってもあいつはダチだ。あいつのことを何も知らない人間が賢しらぶって好き放題言うのを黙って聞いてるほどお人よしじゃないんで、そのあたりはよろしく」
 ひやりとした空気が会議室を包む。

「…ダナ…ハイランド、総司令官…」

 ぼんやりと零されたローラントの声に、シュウが我にかえった。
「ハイランド総司令官?…それがどうしました?」
「確か、フリックさんとビクトールさん…あの、ハイランド総司令官の人のことそう呼んでましたよね?」
「「………」」
「どういことだ」
 口を閉ざす二人をシュウが問い詰める。
「まさか…ハイランド総司令官が、トランの英雄なのか!?」
 フリックもビクトールも素直に頷くことは出来ない。
 自分たちでさえ、未だに信じることが出来ないでいるのだ。…ダナがハイランド総司令官などと。
「何ということだ。トランは、ハイランドに組したのか!?」
 あの狂皇子ルカのいるハイランドに。
「いーや。トランはハイランドにも同盟にも不干渉だって言っただろ。あいつが何をやってんのかは知らないけど、それは全部あいつが個人的にしていることであってトランには関係ない」
「そのようなこと、建前に過ぎぬでしょう。ハイランド総司令官である英雄が、同盟を挟み撃ちするよう命令を出せば…」
「あいつはそんなことはしない」
「何故言い切れます?」
「あいつはトランを愛してる。この世界に在るどの国よりも、だ」
「………」
「やっと解放戦争から落ち着いてきたトランをまた戦争に巻き込むようなことは絶対にしない。そんな奴なら『英雄』なんて呼ばれない」
 絶対的な信頼。それとも盲目的な?

「ローラント、て言ったけ?お前は何のために戦ってんの?」

 シーナの矛先がシュウから突如逸らされた。
「…っルカの、横暴に苦しむ人たちを助けるため、です」
「ふーん、それでルカを倒したら?」
「え?」
「ハイランドも攻撃するのか?」
「…それは…」
「数多の屍を築いて?」
「…っ!」
「シーナ殿」
 責めるようにシュウが名を呼んだ。
 だが、シーナは無視した。
「あいつは三年前、そういうの全部覚悟して戦ってたな。…それでも、何のために戦ってるのか、て聞いたら笑って言ったよ。『助けたい友達がいるんだ。それだけだよ』てな」
「…っ!!」
 ローラントは驚愕に目を見開き、顔を伏せた。

「じゃ、そういうことで」
 言いたいことだけ言ったシーナが立ち上がる。
「お待ちください。…みすみす帰すとお思いか?」
 言ったシュウをシーナがにやりと笑った。
「オレを人質にとってトランを味方につけようって?」
「…いくら大統領とてご子息を人質にされては協力しないわけにはいかないでしょう」
「無理無理。親父はオレのことなんてあっさり見捨てるな…あ、別にいがみ合ってるって訳じゃないぜ。
…うちの親父は英雄信奉者の中でも特にイッちゃってるからな…あいつのためなら、息子の一人や二人、喜んで差し出すだろうよ」
 それに、と続ける。
「あいつを本気で怒らせたらルカがどうのこうの言ってる暇は無いぜ。最悪、同盟諸国が地図から消えることになってもオレは驚かない」
「馬鹿な…」
「あんたは何も知らない。…おっさんたちの顔見てみろよ」
 顔面蒼白だ。それがシーナの言葉の真実を何よりも示している。






触らぬ神に祟りなし。よく言うだろ?」























坊ちゃんが出ないので閑話です。
でも同盟軍への協力をトランが呆気なく振ったところを
書きたくて・・・っ!!!(笑)そしてシーナも。