さぁ、頭(こうべ)を垂れよ


坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント










 グリンヒル、学園都市として繁栄してきたそこは今ハイランド王国の支配下にあった。
 警備という名目で町の中を闊歩する兵士たちに、市民は不満を抱きながらも成す統べなく沈黙している。
 だが、彼等は抵抗を忘れたわけでは無い。
 まだ、一つの希望が消えていないからだ。
 それこそ、市長代行テレーズの存在だった。病床にある市長の代理として長らく実務を取仕切ってきた彼女のことを市民皆が慕い、尊敬していた。一旦は王国軍に掴まったものの、護衛の手により救い出されて今はどこかに潜伏している。
 彼女さえ無事ならば、グリンヒルは再び蘇ることが出来る。
 市民たちは、そう信じていた。

「だけど、それでは困る」

 希望を持つのは悪いことでは無い・・・・・とダナは思う。
 ダナだって、立場が逆であったならば何とかテレーズを無事に助け出してどこかに亡命させるだろう。
 だが、今のダナは王国軍総司令官である。それを許してしまっては、せっかくグリンヒルを落としても何の意味も無くなってしまう。
 
「地の利は向こうにある。・・・捕まえて安心していたんだろうけれど、全く手間をかけさせる」

 ダナは案内役のカゲの気配を追いながら、学院の裏に続いている森の中へ入っていった。
 この森は城壁と共にグリンヒルを守る自然の壁となっている。
 知らない人間が何の準備も無く足を踏み込めば、迷って最悪のケースを迎えることさえあるだろう。
 足元の悪さを感じさせない動きで、歩いていくダナの視線は辿っていく道ならぬ道に残る、『人の歩いた』痕跡に苦笑を浮かべる。どれほど取り繕おうと、その背に羽でも生えていない限り、完全に隠すことは不可能だ。落葉などで功名に隠されているが、その重なり具合や小枝の向き、折れ方などどう見ても不自然極まりない。試しに折れた枝を拾って切り口を見れば、そう日数が経っていないことがわかった。
 つまり、ここ2,3日のうちに誰かが通ったのだろう。
 この時期に誰がこんな森の中に用がある?・・・・・答えは明らかだった。

 視界に捕えた小屋に、ダナはうっすらと微笑んだ。


『我が君、ご用心を。・・・一人、手練れがおりますれば』
 カゲが忠告してくる。もちろんダナにとっては物の数では無かろうとわかっていても。
「ありがとう、カゲ。君は・・・逃がさないように見張っていてくれるか?」
『御意』
 去っていったカゲを確認して、ダナは口を開いた。




        テレーズさん。お迎えに参りました」




 大きくも小さくも無い声だったが、静かな森には響いた。
 小屋の扉が内から開かれ、浅黒い肌をした男が飛び出してくる。

「何者だっ!?」

 警戒心も露に叫んだ男だったが、目の前に佇むダナの姿に息を呑む。
 年端もゆかぬ、清冽な美しさを持つ少年の姿は、この森にもこの時にもあまりに不釣合いだった。
 白い軍服を身に纏い、微笑さえ浮かべている。
 馬鹿馬鹿しいことに一瞬、『      天使が降臨した』とさえ考えた。

「初めまして。僕はハイランド軍総司令官・・・テレーズ殿を我がハイランド領グリンヒルの代理総督としてお迎えに参りました」
「な・・・・・・・」

 青年の殺気など知らぬ風に淡々と用件を告げるダナに絶句する。
 だが、その内容を頭の中で慌しく咀嚼した青年は・・・油断なく剣を構えた。

「馬鹿げたことを・・・っ子供と言えど容赦はせぬっ!」
「貴方の名は?」
「・・・は?」
 意気込む青年とは正反対に、ダナはどこまでも自然体で剣も腰の鞘に入ったままだ。
 そして脈絡なく名を問われた青年に戸惑いが浮ぶ。
 ただ、ダナは自分の外見に囚われず成すべきことを成そうとする青年の心意気が気に入り、名前を聞いてみようかと気まぐれを起こしただけなのだが。
「・・・お前などに名乗る必要は無いっ」
「そう・・・それは残念」
 ダナの瞼が伏せられ、長い睫毛が白い頬に影を作る。儚くも美しい様に、青年の心に知らず罪悪感が沸き起こった。
 しかし、一瞬後開眼された深い闇色の瞳に・・・戦慄した。
「・・・・・っ!」
「では、仕方ない。      テレーズさん、この方を信じ隠れているのは構いませんが、いつまでもそこにいらっしゃるというのならば」
 ダナは、小屋の中に居るだろうテレーズに向けて言葉を綴る。






「この方、                  死にますよ」







 小屋の中から動揺した気配が伝わる。
 ぎりっと青年が憎憎しげにダナを睨みつけた。

「子供よ・・・・私はそう簡単に殺されたりはしない」
「人とはね、とても簡単に死ぬんだ」
 まるで幼子を宥めるかのようなダナの声だった。
「我が剣タランチュラはお前ごときに負けはせぬっ!」
 ダナは笑った。
 憐れな子羊を見る、神のように。
「どんな業物を持っていようとね・・・・」





          使えなければ、意味が無い」

「・・・・っ!?」

 一瞬にして、ダナの顔が青年の目前にあった。
 その喉元にはいつ抜かれたのか、鋭く輝く白刃が突きつけられている。
 息が触れ合うかのような距離から見てもダナの美しさは損なわれることなくいや増し、覗き込んでしまった黒曜石に眩暈がする。躊躇いも慈悲も無い       『無』。
 ごくりと息を呑んだ。
 その気になればこの少年は、すぐにでも首を落とすだろう。



「っお許し下さいっ!!!」



 悲鳴交じりの叫びが青年の背後から聞こえた。

「貴方が、テレーズ?」
 青年から視線をそらすことなくダナは問う。
「・・・・はい。お願いです・・・シンを、その青年を・・・」
 震える声が助命を必死で請う。
「テレーズさ、まっ・・いけません・・っ」
「彼はこう言ってるけど?」
 テレーズは首を振る。
「いいえ、いいえっ!もう・・もうこれ以上私のせいで誰かの命が奪われることは耐えられませんっ!」
「テレーズ様・・・」
 シン、と呼ばれた青年の手から剣が落ちる。
 そして、ダナも剣を引いた。
 テレーズの膝が崩れ落ちる。


「僕と一緒に来ていただけますね?」
「・・・・・・・・はい」












 数刻後、グリンヒルの町中に王国軍がテレーズを確保したことが伝えられ、そのテレーズが王国の代理総督となることが布告された。


「やれやれ。これで漸くルルノイエに帰れる」



















覇王っていうか・・・・極悪非道?(笑)