阻むもの無し


坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント








 照れる様子も無く、穏やかな微笑でダナは告白した。
 その静けさに、ダナの言葉が冗談では無いことを……二人は知った。

「お前…また、何でそんな…厄介な相手を…」
 ビクトールが頭を振る。
「恋は侭為らぬもの。・・・そうでしょ?ねぇ、フリック」
「お、オレに聞くな!」
 顔を赤くしたフリックは、未だに色恋には免疫が無いらしい。
 20も後半の男がそんな様なのは初々しいより、気持ち悪い。
「わかった、わかった。お前がルカに惚れてんのは…だったら    


          トランは?


        それを私に聞くか?」
 半眼となり、艶やかな微笑を浮かべたダナにぞくり、と背筋に寒気が走る。
 愚問であった。
 ダナにとって、トランは常に例外無く最優先されるべきことなのだから。
 例え、恋に溺れようと・・・否。

「・・・お前は、その気になってるだけだ。そんなのは恋じゃねぇっ!」
「おや、僕に説教する気?だいたい、恋だとか恋じゃないとか…いったい誰がその定義を決めた?僕はルカが好きだ。・・・ちょっと乱暴で破天荒なところもあるけど、手綱を捌き間違えなければ問題は無い」
 狂皇子とまで呼ばれるルカをここまで簡単に言ってのけることができるのはダナくらいだろう。

「さぁ、おしゃべりはこのくらいにしよう」
 ダナが左手を掲げた。
 右手では無いだけまだ救いはあるとは言え、ただの紋章でも魔法と親和力の高いダナが扱うとその威力は通常の数倍になる。
「ヤバイ!・・・守りの天蓋を!」
 ビクトールが叫ぶ。
 幸いにも魔法部隊が後陣に控えている。

「さぁ、どこまで耐えられるか楽しみだね・・・・・・・・最後の炎!

 ダナの声に呼応して、凄まじい炎が同盟軍に襲いかかる。
 ぎりぎり間に合った守護魔法がそれをぎりぎりのところで防いだが、ビクトールのすぐ足元の石が炎の余波を受けて溶けていく・・・まさに業火。灼熱の炎。
 もし守りが無ければどうなっていたことか……微笑たえ湛えるその姿に戦慄せずには居られない。
 解放軍に居た頃から、味方であればこれ以上に心強い人間も居ないが敵にすれば…想像することさえ恐ろしいと、そう思っていた。まさかそれが現実のものになろうとは。


霹靂の嵐!


 続けざまにダナが魔法を唱える。
 空を暗雲が覆い、同盟軍に神の鉄槌が振り下ろされた。

「くそっ!」
 ビクトールが叫ぶ。
 ダナには詠唱のインターバルが必要ない。初めて見たときには驚いたものだが、彼言うところ『魔法を極めた者なら誰でも出来ることだよ』とのこと。とんでも無いことをあまりに簡単に言ってのける。
「ビクトール!」
 フリックが叫んだ。
 雷鳴の紋章をつけているフリックは、同じ紋章の力に対して耐性があるがビクトールはそうはいかない。元々力技がメインもあって、魔法防御力は低いのだ。
 痺れた体が馬からずり落ちる。
 あわや落馬というところで、フリックにより引き上げられて鬣を掴む・・・それで精一杯だった。

 冗談では無い。
 このままでは、ダナ一人によって数千の軍勢が倒される。

 すでに3分の1以上の兵が戦闘不能状態になっているとこへ、今度は矢が降り注ぐ。
 暇を与えない連続攻撃に、同盟軍は引くしかなかった。
 だが、徹底的に叩くつもりの帝国軍は追撃をかけ、ついにトゥーリバーの国境まで退けた。
 勝てるはずの戦であったのに、『ダナ』というジョーカー一人のために同盟軍・トゥーリバー軍は成す統べなく逃走することしか出来なかった。











「総司令」

 勝ち鬨を上げる兵士たちの中、静かに佇むダナの背中にクラウスが声を掛けた。
「ああ、クラウス。丁度いいところへ。同盟軍が戦力を立て直すまでしばらく時間がかかるだろう。その間にトゥーリバーを完全に支配下に置く。キバ将軍を代理総督とするからクラウスはその補佐をお願いするね」
「はい。わかりました。総司令は?」
「サウスウィンドゥは大丈夫だろうけど、グリンヒルが気になるからそちらに回るよ」
「ルルノイエにお戻りにならないんですか?」
 ダナは少し考える素振りをして、笑った。
「ルカにはもう少し留守番してもらおう。今まで散々暴れまわったんだから偶には真面目に仕事してもらわないとね。…ふふ、大丈夫。サボらないように釘刺してきたし、仕事もたっぷり置いてきたから」
「………」
 さすがは総司令…散々皆が手に余らせていたルカを悠々と手のひらで転がしている。
「ハーン将軍には兵を整えた後、ルルノイエに帰還するように命じた。     ああ、そうだ。リドリー将軍を懐柔しないといけないんだっけ」
 悪戯っぽく笑ったダナは、境に兵を配備してトゥーリバーの市庁舎に戻った。
 そこにリドリー将軍が捕虜として囚われているのだ。

「殺すならば殺せ!俺はハイランドの軍門に下ることなど絶対に無い!」

 捕えている部屋にハーン将軍に案内してもらったダナは、声高に叫ぶリドリーに丁寧に頭を下げた。
 リドリー将軍のほうも突然に現れたどう見ても未成年の少年に不審そうに顔を顰めた。

「初めてお目にかかります。ハイランド軍総司令官を勤めておりますダナと申します」
「総司令…?」
 こんな子供に総司令官だと?ハイランドは、ルカはいったい何を考えている?
 人とは違う顔つきながらもリドリー将軍がそう思っていることは明白だった。
 しかしダナは気にすることなく続ける。
「この度の戦をルカ皇子より一任され、私が全ての采配を取りました。降伏勧告も、リドリー将軍、貴方を生け捕りにすることも」
「何・・・っ」
「どうしてそこまでお怒りになるのか、私には到底理解できません」
「武人たる者辱めを受けてまでおめおめ生き延びようとは思わんっ!!」
 吐き捨てるように叫ぶ。
「辱め?・・・・我らが貴方に何をしました?」
「・・・っこうして捕え、言うことを聞かせようと言うのだろう!?」
「貴方のように命を捨てることも畏れない武人を言うがままにしようなど、出来ようはずがありません。ただ、我らは協力を願うだけです」
「何を・・・ぬけぬけとっ!これまでのルカの非道の数々を知らぬわけではあるまい!」
「もちろん知っています。ですが、リドリー将軍。ご自分を棚に上げルカばかりを非難されるのは間違いではありませんか?」
「何っ!」
 怒りでリドリーの巨体が一回り膨れ上がったように見えた。小者ならばそれだけで怯えて逃げ出しそうだったが、ダナにとっては何ほどのものでも無い。
「お忘れですか?今は戦時中・・・貴方とてハイランドの兵士をその手に掛けたでしょう?どれほどの数を殺しました?ああ、お答えにならずとも構いません。どちらにしろ、確かにルカよりは少ない。…ですが、これは戦争という現実(リアル)であって遊戯(ゲーム)では無いのです。数の多少を問う愚かさは言わずともおわかりでしょう。所詮、武人とは人殺しの代名詞に過ぎません」
「・・・・・っだが、ルカは罪の無い女子供まで・・っ」
「リドリー将軍。同盟諸国とハイランドとの戦の歴史は長い…覚悟なき者は他の地へ移ればいい。身内を殺されるのが嫌ならば、それこそどんな手段を使おうと逃がすべきです。ルカの所業はそれこそ鳴り響いているのですから、同盟諸国に在る限り安穏の地など無い。絶対の安全を確保される者など戦闘地域には存在しないのです」
「・・・・っ」
 淡々とした口調、その内容の持つ真実にリドリー将軍は言葉を失った。
「もちろん。だからと言って殺していいかと言えば、私は否と答えますが」
「なっ・・・」
 何なのだいったい!?
 そう叫び出しそうなリドリー将軍の胸の内が傍観者と化しているハーンには聞こえてきそうだった。
「ですから、ハイランド軍にはこの度から無用の殺戮と略奪を禁じました。禁を破った者は、言い訳無用で極刑に処すことになります」
「今さら何を・・・」
「今更ですね。ですが、何もしないよりマシでしょう」
「お前たちなど信用出来るか!今度はいったい何を企んでいる!?」
「何も。当初の予定通り、同盟諸国を全てハイランド領にしようとしているだけです」
 事も無げに言ってのけた。
 事実、協力関係も確固たるものに出来ない、同胞に腐った果実を抱え込んだ同盟など敵では無い。


         そして戦を終わらせる」


 静かに落とされた言葉に、リドリー将軍ははっとしてダナの顔を真剣に見つめた。


「平和。…その言葉がこのハイランドと同盟諸国から去ってどれほど経つでしょう。もう十分ではありませんか?私は、終りにしたい」
 これがダナ以外の口から出たものであったならば、夢見がちな少年の戯言だとリドリー将軍も一喝してその困難さを示しただろう。
 だが目の前の少年の目は、ただ事実を見つめているのみ。
 平和への道筋も全て見通しているような深い、瞳。
 圧倒的な美貌を誇るとはいえ、年端のいかぬ少年・・・・・そのはずなのに。
 リドリー将軍は完全に呑まれていた。






「さぁ。決断を」





















坊ちゃん万歳!(笑)