英雄は踵を返す


2主=ローラント






 
「ローラント、お前・・・後衛に下がれ」
「ビクトールさんっ!?」
 去っていく総司令官と名乗った少年の背を見つめながら、ビクトールが今まで見たことの無いような厳しい表情でローラントに告げた。
「同盟軍は、お前を失うわけにはいかないんだ」
「フリックさんっ!?」
 フリックまでも畳み掛ける。
「どうして・・・どうしてですか!?」
「お前じゃ、あいつには勝てないからだ」
「!?」
 ビクトールは言いきった。
「そんな…戦ってみないとわから…」
 戦う相手がルカだというのならばともかく。
「わかるんだ。あいつは…たぶん、俺たち二人がかりでも勝てないかもしれない相手なんだ」
 フリックの弱気な告白に目を見開く。
 ビクトールを見ると同じように普段のお茶らけた様子が嘘のように深刻な顔で頷いている。
「世界は広い。だが、オレが知りうる限り、あいつ以上に強い奴は居ない」
 二人ともローラントよりずっと強い。それぞれに傭兵を名乗るだけあって剣の腕には自信があるはずなのに・・・それでもあの、ローラントと同じくらいの少年に勝てないというのだろうか。
「・・・いったい・・・あの人は、誰なんですか・・・?」
 少年の様子からすれば、二人の知り合いのようだったが・・・。
「古い馴染みだ」
「ああ。・・・まさかこんな所で会うことになろうとは」
 しかも相当怒っている。・・・二人のやったことを考えれば無理も無いのだろうが。
 二人の背筋に寒気が走った。
 ・・・・・・顔をあわせた早々、制裁を受けなかったのは慈悲なのか、それとも・・・
「何とか話し合って引いてもらうことは出来ないんですか?」
 二人とも首を振った。
「無理だ。あいつは冗談や酔狂で戦争に加担するような奴じゃねぇ。この戦場に居るからには、それ相応の理由と覚悟があってのことだ・・・」
「それか、降伏勧告を受け入れるか、だな」
「そんな!・・・降伏なんてできませんっ!」
 同盟の人間はルカの残忍さを知りぬいている。近しい者たちを嬲り殺しにされ、晒し者にされ、まるで同じ人間とは思えぬ扱いをされてきた。そんなルカを今更信用することなど不可能なのだ。
 葛藤するローラントを見ながら、ビクトールとフリックは案外それのほうがいいのかもしれないと密かに思っていた。ダナは確かに何をやるかわからないし、やると決めたことについて容赦は無い。だが、降伏勧告に書かれていたように『ハイランド国民と同等の権利を保障する』と宣言したからには、狂皇子ルカが何を言おうと、ダナはそれを確実に履行するだろう。
 だが、決断するのは二人ではなくローラントだ。














 ダナが陣地に戻ってくると、リドリー将軍と戦っていたハーン将軍が戻っていた。
「総司令殿」
「ご苦労さま、ハーン将軍。負傷者も少ないようで良かったよ」
「はっ。・・・ご命令通り、リドリー将軍は生かして捕えておりますが・・・」
 どうするのかと問うてくる。
「ん、後で懐柔する予定」
「か・・っ!?」
 あっさりと楽しげに言われ、ハーンは目を剥いた。
「恐れながら総司令」
 クラウスが進み出た。
「リドリー将軍は今でこそ同盟軍の人間と共に戦っておりますが、かなりの人間嫌いであるとのこと。ましてや敵方であるハイランドに靡くような性格でもありません」
「うん。見たまんまだよね・・・だけど、良い人材っていうのは捜すのはなかなか大変なんだ。せっかく使える相手が居るんだから死んでもらうより働いてもらったほうが有り難いでしょ?」
 リサイクル、リサイクル♪とあくまで楽しげだ。
 ハーン将軍もキバ将軍も、クラウスさえも呆然とする。
 さすがにあの『狂皇子』を受け入れただけあって懐が広いというか・・・底抜けというか。
「さてと、そろそろ戦闘開始だから配置に着くように」
「それですが・・・やはり我々も参戦を・・・」
 ダナはハーン将軍を後衛に配置し、連戦のキバ将軍にも待機を命じていた。
 つまりダナは率いる5千の兵だけでトゥーリバーと新同盟軍の連合軍を相手しようと言うのだ。
 兵の数はトゥーリバーの残兵とあわせて同盟軍のほうが多い。
 戦は兵の数だけで全てが決まるわけでは無いが、それでも多いにこしたことは無い。
 その上、ハイランドは今、ダナを失うわけにはいかなかった。あの狂皇子を御せるのは総司令を置いて誰一人存在しないのだから。
「心配はいらない。ルカを置いていけないよ。あんな凶暴なの放し飼いにしたら、どんな迷惑かけるかわからないもんね。それに僕は・・・死にたくてもそう簡単には死ねないから。」
 ダナの表情に一瞬の翳りが浮び、沈んだ。
「総司令?」
「ん。それじゃ、しなければならないことは後にたくさん残ってるし、さっさと片付けようか」
 気楽に言ってのける。
 今更ながら、いったいこの人は何者なのだろうかと不思議になる彼等だ。















 指揮官であるダナ本人が、最前で剣をとっている。
 大将が最前に出るなどと将官たちは難色を示したがダナは聞き入れなかった。

「司令官、将軍、一等兵・・・呼び方は違えど、皆同じ人間であることに違いない。こうして私が最前に出ることでハイランドに勝利を呼び込み、一人でも多くの命を救えるというのならば迷う余地など無い」

 戦場に立つにはあまりに若く、戦塵に塗れるには美しすぎる。
 だが、総司令官ダナは最も相応しくないと思われる姿で兵士たちの視線を一身に集めている。
 純白の風に靡く外套は勝利を呼び込む徴に見えた。
 兵士たちの目は一途に注がれる。その目に浮ぶのは勝利の予感への昂揚と、ダナへの尊崇。
 そう。かつて解放戦争の時に仲間たちが浮かべていたような・・・・

 ダナのカリスマは絶対だった。
 どんな時、どんな場所、どんな人種人間に対しても。

 ダナは腰の剣を抜き、同盟軍を示した。

「さぁ、共に行こう!」

 兵たちは、喜びと共に鬨の声を上げた。


















 両軍衝突。
 騎馬と歩兵が入り乱れ、乱戦となる。
 その中で、白い軍装のダナは一際目立ち、多くの敵に迎えられた。
 大将首だ。取れば、勝てる。

「かかって来い!但し、命の惜しく無い者だけなっ!」

 ダナが叫ぶ。…変声期を迎えていない少年の声で。華奢なその姿で。
 同盟軍の兵士たちの誰もが笑った。己の力量も計れない若造が、と。
 だが、その笑いはダナが一刀振るったその瞬間に・・・消えうせた。


         首の飛んだ数体の骸を見下ろす・・・・白き、死神。


「向かう者は殺す。逃げる者は追わぬ。おのが命を捨てるも拾うも、其方たち次第」

 ダナの白皙の美貌には何の感情も浮んでいない。
 淡々と告げる静かな声が、騒然たる戦場にあって不思議と兵士たちの耳に大きく響いた。

 恐怖。

 畏怖。

 同盟軍は、ダナ一人のために行軍の足が止まった。




「「ダナぁっ!!」」




 叫び、馬を駆りながら両側から打ちかかってくるのは、フリックとビクトールだった。
 ダナの唇が歪む・・・笑んだのだ。

「ふふ・・・どこに隠れたのかと思ったよ。       二人とも覚悟はいいな?」

 同時に撃ちかかった剣をあっさりとダナに受け止められ、その台詞に顔色を青く変える。
「っ!!ダナっ!・・・こんな真似はやめろっ!」
「こんな?・・・どんな?」
 ダナの白刃がフリックの頬を掠る。
「酔狂もほどほどにしとけってことだよっ!」
 背後から振り下ろされた剣をダナは返す刀で弾き返す。

 フリックとビクトールはぞくりと身を震わせた。

          三年前より確実にダナは強くなっている。

 だいたい・・・・・剣が使えたのか!?
 解放戦争当時には、ダナの武器は常に棍だった。他の武器を扱っていた覚えは無い。
 その上、奥の手である右手の紋章は一度も使われていない。
 まさか、使えなくなった・・・なんてことは有りえないだろう。

「フリック、ビクトール。3年間何をしていたんだい?腕が鈍ってるよ・・・全く相手にならない」

 舌打ちする。
 自分たちの腕が鈍ったのではない。
「お前が・・・強すぎんだよっ!!」
 叫んだビクトールにダナがくすりと笑う。
「ビクトール。そんなことじゃ・・・到底、ハイランドには勝てないよ」
「・・・っ」
「ダナっ!何故ハイランドなどの味方をするっ!誰よりも弱い者たちのことを考えていたのはお前だろうっ!
血に塗れた狂皇子に騙されているのか!?」
「・・・フリック。誰に言ってるのさ。相変わらずお人好しで不運なのは変わって無いようだね」
「余計なお世話だっ!」
「・・・僕がルカに騙されてるって?」
 酷く愉快そうに笑う。
「ルカに・・・ぶっ・・くっくっ・・あ、有りえないって!あのルカに僕を騙すような器用なことは出来ないよ。ルカはある意味本当に素直で正直者なんだよ。…信じられない?戦場でのルカの戦い方見ててわからないかな?あんな猪突猛進、馬鹿正直な人間のすることだよ」
 ルカが聞いたら、馬鹿にしているのかと怒り出しそうなことを言いながら、不思議とダナの表情は柔らかく穏やかだった。・・・二人が三年前にさえ見たことが無いような。

「ダナ。お前・・・まさか・・・・・」

 勘のいいビクトールが呆然とした表情を晒す。
 会話をしながら打ちかかっていた手が止まっている。

「まさか?・・・・そうだね」


















「愛しているよ、彼を」





















惚気てるっ!坊ちゃん思いっきり惚気てるっ!!(笑)