覇を唱える 死神
2主=ローラント
降伏勧告の期日がやって来た。 キバ将軍は、国境からトゥーリバーの様子を見ていたが軍備を固めるのみで勧告を受け入れる様子は無い。頭を振ると、隣に居るクラウスに残念なことだと漏らした。 彼らの勝機が欠片ほども無いことを知っていたからだ。 「本当に・・・総司令の慈悲でしたのに」 クラウスの表情も暗い。 向こうはキバの千足らずの軍勢を見て戦うことを決意したのだろうが…千足らずといえど、ダナによってハイランド各軍から精鋭を引き抜いて構成されている。 「仕方ありません」 「うむ。一時間後に総攻撃を開始する旨、全軍に伝えよ」 「はい」 馬首を返して、定位置に戻っていった。 一方のトゥーリバー側も慌しく戦闘の準備を整えていた。 女子供年寄りを安全な場所に移動させ、揃えられるだけの人員をかき集めた。その数5千。同盟軍も救援を寄越してくれることを約束してくれた。千の軍勢を迎え撃つには十分な数であった。 しかし、それでも何故か落ち着かない。誰もが不安そうな表情を浮かべ、王国軍が居るだろう国境のほうを見ている。 「王国軍が負けるとわかっている戦を仕掛けてくるでしょうか…」 「伏兵が居るかもしれんと?偵察隊は何も見つけられなかったのだろうが」 「そうですが…」 あくまで強気のリドリー将軍だったが、マカイは不安で仕方ない。 だが、軍事に関することは全てリドリー将軍の管轄にある。今更どうこう言っても仕方の無いことだろう。 「狂皇子が何を考えているかなどわかろうはずもない。そろそろ開戦の時刻ゆえ失礼する」 「…ご武運を」 去っていくリドリー将軍の背中が、不思議なほどに小さく見えた。 角笛が鳴り響く。銅鑼の音、鬨の声。 総攻撃を開始したハイランドに、リドリー将軍指示のトゥーリバー軍が迎え撃つ。 千の軍勢を左右から挟み打ちするために、中央と左右と軍を3つに分ける作戦をとっていた。 駄目押しに背後から、同盟軍が襲いかかることになっている。 勝利は戦うまでもなく明らかだった。 指揮ととるリドリー将軍の表情にも厳しさの中に余裕がうかがえた。 …だがそれも僅かの間だった。 中央の王国軍を誘い込み、左右から衝くつもりであったのに王国軍は急に方向転換すると左軍へと攻撃しはじめたのだ。 「無駄な足掻きを…っ」 忌々しげに吐き捨てると、指示を出そうと声を上げ… 「大変ですっ!!」 斥候が必死の表情でリドリー将軍に駆け寄った。 「何事だ!?」 「お、王国軍がっ西から…っ」 「何だと!」 「数にして…っい、1万!」 「っ!!くそっ…伏兵を用意していたのか!斥候は何をしていたのだ!そんな大軍が居たことにも気づかなかったのか!?」 「いいえっ確かに居なかったのです!…急に現れたとしか思えませんっ」 「馬鹿なことを…っ!…ええいっ、王国軍と交戦中の左軍を残して本体は背後からの王国軍を迎え撃つ!全軍反転っ!!」 予定外の指示に、戦場が混乱する。 彼等は兵士ではあったが、職業軍人では無い。上の指示に異を唱えることなくすぐさま行動できるほどに訓練されてはいなかった。 王国軍にはその僅かの間で十分だった。 草原の向こうから砂煙を上げて、白い旗を翻しながら王国軍が襲いかかってくる。 緑と静寂の野は、一転して泥と血と怒号に満ちた。 乱戦の中、ハイランド軍後陣に控えていたダナが立ち上がった。 「前衛を迎え撃った後は、隊を二つに分け5千をキバ将軍へ。私が率いる。…ハーン将軍、リドリー将軍はまかせても良いですか?」 「もちろんです。お気をつけて」 草原へハイランドからダナの紋章の力で転移させた。幸いにも危惧した『精神異常』は兵士たちに表れずそのままリドリーの軍へとぶつけた。それを見極めたダナは兵力を二つに分けて両軍がぶつかり合っている脇を馬で駆け抜けていく。 クルガンが言葉にしたように、ダナの純白の軍服は馬上にあって大層良く目立っていた。 その姿を目印にハイランドの軍勢は苦戦していたキバ隊と合流した。 「ご足労をお掛けする、総司令!」 「キバ将軍こそ、僅か千の兵でよくぞ耐えてくださいました」 運が悪ければダナたちが到着する前に千の兵は呑みこまれていただろう。さすがに歴戦の勇者である。 5千の兵が加わったことで、戦況は一気にハイランド優勢へと傾いた。 「おそらく、同盟軍からの救援が間もなく到着するでしょう」 ハイランドの勢いに押され、トゥーリバー軍は後退を余儀なくされている。 ダナの命により、兵は深追いすることなく一定の距離で止められた。これがルカならば、殺し尽くせと命令したところだろう。 乱れた軍列を整えて、ダナは同盟軍の到着を待った。 右手が疼く。 …懐かしい風が薫る。 (…まさかこんな日が来るなど、誰も想像だにしなかっただろうな…) 再び自分が、戦場に出るなど。 またトラン以外の国家を背負うなど… 「総司令」 「ハーン将軍。今回の戦いの本当の意味はね、同盟軍から希望を奪うことなんだよ」 「………」 「決して、ハイランドには勝てないという…絶望を見せるために」 ダナはここに立つ。 風が吹く。 「ねぇ…」 一陣の風が… 「何故、君がここに居る!」 ダナの前に、風と共に少年が立っていた。 「やぁ、ルック」 久しぶり、とにこやかに笑うダナに瞬時に警戒体制をとっていた諸将が困惑した。 味方なのか、と。 ルックと呼ばれた少年は至極不機嫌そうな表情をしてダナを睨みつけてはいるが… 「また星が巡っているみたいだね」 「……レックナート様が、黒い影が星々を覆い隠したと仰った」 「きっと僕のことだよ。何しろ、ハイランド軍総司令官だから」 「君は…っ…正気なのか!?」 掴みかかってきたルックを避けることなくダナは受け止めた。 …3年前に別れたときは同じくらいの身長が…僅かに視線を上げなくてはならなくなっている。 「さぁ、どうかな。自分としては正気だと思っているけど…ルックはどう思う?」 「…っ馬鹿じゃないのっ」 「たぶんね」 静かに返されたルックは、はっとしたように掴んでいた襟を手放した。 そしてダナの顔を伺うように睨み付ける。 「…君、何を考えている…?」 答えず、穏やかに笑い遠くルックの背後に目をやった。 「同盟軍が到着したね」 「………」 「軍主殿かな…その両脇に懐かしい顔が見える」 ルカから贈られた漆黒の馬の背に戻り、ルックを見下ろした。 「さぁ、ルックはどうする? 「総司令、あまり無茶は…」 「大丈夫、ちょっと挨拶してくるだけだから」 行くよとダナは黒馬に声を掛ける。その黒く艶やかな毛よりルカから『ブラックパール』と命名された馬だ。最初はダナがつけようと思っていたのだが『お前のネーミングセンスは最悪だ』と言われてつけさせて貰えなかったのだ。・・・ちなみに、後にルカが『お前は何とつけるつもりだった?』と尋ねたところ、ダナは朗らかに『黒豚』と答えてくれた。ルカが心底まかせなくて良かったと思ったのは言うまでも無い。 そんな由来のある黒馬の、堂々たる体躯からは想像できないほどに軽やかに地を蹴る漆黒のその背に、戦場にあってさえ一点の穢れも無い白いマントが風にはためいている。 そこは、まるでダナ唯一人のために用意された舞台のように、敵も味方も息を呑んでその姿に惹き付けられていた。 ダナは、互いの陣地の丁度中間までやって来ると…同盟軍の先頭で衝撃に固まっている二人に笑いかけた。 「ご機嫌よう、ご両人。生きててくれて……とても嬉しいよ」 艶やかな微笑に、軍主の両側を固めていた二人…フリックとビクトールはぞわりと毛を逆立てた。 間違っても言葉通りダナが喜んでいるようには見えなかったからだ。 ダナがハイランドの将として現れたことよりも、その怒りのほうが二人には恐ろしかった。 何も言えず固まっている二人は放置して、ダナはその真ん中に居る幼い少年に視線を定めた。 「初めまして、新同盟軍軍主殿。私はハイランド軍総司令官…ルカより全権を任せられた者」 ローラントは目を見開いた。目の前に居るのは己のそう変わらないだろう年の少年なのだ。その少年がルカから全権を任された総司令官とは・・・嘗て自分が所属していた時には有りえないことだった。 その上、離れた場所からでもはっきりと判る美貌…戦場にあってさえ衰えることなく、いや増して賛美の言葉さえ奪い尽くされ、ただ凝視するのみ…… 「あ・・・あの・・・」 それでも声を発したのはローラントが腐っても天魁星であるからだろうか。 (ルカの非道な行いを知らないのかもしれない・・・) だったら、教えてあげなければ・・・と思ったのだ。 だが。 「軍主殿にも、トゥーリバーと同様に勧告しよう」 すっと笑みを収めたダナは、腰から剣を引き抜いた。 腑抜けていたビクトールとフリックはその瞬間に、はっとして自分たちの剣に手を掛けた。 「我ら、ハイランドは同盟軍へ降伏を要求する。降伏後はもちろん、ハイランドの支配に応じてもらうが…全ての同盟に所属する人々にもハイランド国民と同等の権利を保障する。決して人道に外れた真似はしないことを約束しよう」 言葉を切ると、ダナは剣先をローラントへと向けた。 「さぁ、どうする。軍主殿」 ローラントの瞳が揺れた。 軍主になったとは言え、戦うことを…人が傷つけあうことを受け入れられたわけでは無い。降伏することで戦わずに済むのならば、それにこしたことは無い。 だが、だが・・・相手はあの今まで非道の限りを尽くしたルカが率いるハイランドなのだ。目の前の人物が嘘を言っているようには見えない・・・いや、少年の言葉は真実なのだろうとわかる。それでも背後にルカが控えているというだけで、信じきることが出来ないのだ。 その上、自分はもう1兵士では無い。・・・同盟軍を率いる軍主としてシュウからくれぐれも軽々しい発現を控えるようにと言い含められている。ローラントは・・・決断できなかった。 「 ダナは剣を戻した。 大声を出しているわけでは無いのに、離れた場所まではっきりと聞き取れる妙なる音は一切の温度を含まず冷え冷えと、聞いた者の背筋を凍らせた。 今すぐにでも跪き、許しを請いたい……そんな衝動さえ抱かせる。 「とても……残念だ」 馬首を帰して戻っていく姿を・・・・・同盟軍はただ見送るしか出来なかった。 |
ルカ坊のくせに、ルカの出番が無いのが・・・(笑) |