聞け 我が声を









 フィッチャーによってもたらされた情報に同盟軍は眉を潜めた。

「戦闘を開始する前から降伏勧告とは我らを馬鹿にしているとしか思えぬっ!」
 リドリー将軍がいきり立っている。
 侮られることを嫌い、自身の力を自負しているコボルト族としてハイランドの勧告は腸が煮え繰り返りそうに不快なものだった。
「まぁまぁ…そのように腹を立てても事態は何も変わりません。ここは敵の真意を探るのが先決でしょう」
「何を悠長なっ!」
 トゥーリバーの全権大使であるマカイの言葉をリドリーは両断する。
 彼らの仲がいいとは思えない遣り取りに軍主であるローラントは困惑している。
 シュウは難しい顔をして何事か考えているらしく、仲介には入ってくれない。
「お二人とも…その、落ち着いてください」
「ローラント殿。我らはこれから戦いの準備をするため失礼する。…臆病な人間族とは違うということを知らしめてやらなければならぬゆえ!失礼!」
「将軍っ…」
 肩をいからせて立ち去っていくリドリー将軍に取り付くしまも無い。
 ローラントは伸ばした手を力なく落とした。
「全く、コボルト族は戦うことしか頭に無くて困る。戦うにしても敵の力を知ることは重要だというのに…」
「あの、すいません。詳しい事情を教えていただけますか?」
「そうですね、軍主殿…ハイランドのキバ将軍が降伏勧告を携えてトゥーリバーにやって来たのは昨日の朝でした。僅か千ほどの軍勢を国境に置いて…とても戦闘を始めるとは思えぬ軍勢でしょう?」
「確かに…千、とは少ない」
 考え込んでいたシュウが参加してきた。
「それで降伏勧告とは、冗談かと私は思いましたよ…ですが、キバ将軍は本気らしく受け入れないときには二日後…つまり明日ですが、総攻撃を開始すると。全く何を考えているのか…いくら我らがただの市民とはいえ、たった千でどうにかできると本気で考えているなら正気ではありません。…だいたい今までルカは戦闘の前にこんな真似をしてきたことが無い…また何かよからぬことを考えているのではと思っても仕方が無いと思われませんか?…リドリー将軍にもそう言ったのですが、全くわかってもらえず…」
 マカイは頭を振る。
「ルカらしく無いやり方ですね。…失礼ですが、降伏勧告は今持っておられますか?」
「ええ、ここに」
「拝見させていただいても?」
「構いません」
 シュウは受け取り、透かしぼりのされた上等な紙を丁寧に開いた。
 そこには美しいと言える文字で降伏を受け入れる旨がしたためられている。降伏勧告に続き、素直に受け入れた場合には、トゥーリバー市民の最低限の権利義務、属国としての身分を保障すると記されている。
 末尾に署名。
「…これは、ルカの署名ではありませんね」
 普通なら最高軍事責任者であるルカの名か皇王の名が書かれているはずだが、そこには『ハイランド軍総司令官 D・M』としか無い。
「はい。私も気にかかりキバ将軍に尋ねたところ…どうもルカの右腕として最近就任したのだそうです。ルカの名ならばともかく、そんな右腕ごときの署名では…我らの権利義務の保障などとても信じられるものではありません」
 今までのルカがルカだ。言葉でどう言おうといざとなれば市民全てが殺されかねない。
「しかしキバ将軍は、ルカ皇子ではなくこの方の名であるからこそ保障されるのだと。もちろんルカ皇子も納得しているなどと…」
 シュウとローラントは顔を見合わせた。
 マカイの言葉からするとキバ将軍はその総司令官とやらにルカ以上の信頼を抱いているらしい。
「そんな人がハイランドに居ましたっけ…?」
「私も心当たりがありませんね。しかしキバ将軍は皇王に忠誠を誓う硬骨の人物で、時にはルカに対しても諫言を惜しまないと聞きます。そんな人物が信頼するからには相応の相手なのでしょうが…」
 だからと言って全面的に信用する気にもなれず、降伏勧告を受け入れるわけにもいかないだろう。
 これが休戦協定であればまだ考える余地もあったのだろうが。
「とにかく、受け入れるであれ入れないであれ戦闘の準備は必要ですので私も失礼します」
「あっ…」
 リドリーと同じように引き止める間もなく去っていく姿に、ローラントは大きく溜息をついた。
「…いったいどうなってるんでしょう…?」
「私にも、わかりません…ハイランドに送っている密偵が帰ってくるのを待ちましょう」
 しかし、ハイランドに何かが起こっていることだけは確かだった。














「さてと、出番だね」

 白の軍服に身を包んだダナが、兵舎のすぐ隣でルカと共に待機していた。
「三方攻撃で、ルルノイエの守りが薄くなるから…留守番頼んだよ、ルカ」
「わかっている。お前こそ万一ヘマをやらかさんようにな」
「誰に言ってるのさ」
 棍では無く、剣を腰に差したダナが不敵に笑った。

「失礼致します。総司令…そろそろお出ましを」
「ん」
 ハーン将軍自らの迎えに頷いて、ダナはルカを振り向いた。
「いい子にして待っててね」
「………」
 顔を引き攣らせたルカの頭を引き寄せ、その額に口づけた。
「行って来ます」
「……無事に、帰って来い」
 鮮やかに、微笑んだ。






 出兵のために顔を揃えた兵士たちは、目前に姿を現した目を射るように白い軍服を着た少年にざわめいた。ハイランドには少年兵のみで作られたユニコーン部隊なるものがあったが…それにしても、ハーン将軍が付き従うように後ろに控えているのが奇妙である。

「静粛に!」
 それぞれの部隊の指揮官が声を掛ける。
 彼らには予め、少年が何者であるかということは告げられていた。初めそれを耳にした誰もが今度はいったいどんなルカ皇子の気まぐれかと思ったが、ただの少年とは思えぬ威圧感に何も言うことは出来なかった。

「総司令」
 全ての視線を受け止めて、少年…ダナは怯むことなく微笑んでさえ見せた。
 全身を王族の貴色である白で覆いその純白に負けることの無い秀麗な美貌は全ての者を恍惚にさせる。
 紅を刷いたように赤い唇が言葉を紡いだ。

「本日より、ルカ殿下より総司令としての命を受けた。絶え間ない同盟との戦いで疲れていることと思う。親しい者を亡くした者も多いだろう。だが、もう暫く頑張ってもらいたい。私はこの戦いを一年以内に終わらせることを誓う」
 爆弾発言に、兵士たちだけでなく将兵たちも目を見開いてダナを見る。
「今は信じられぬとも構わない。だが私は本気だということを皆に知っていて貰いたい」
 一段高い場所からダナは動揺する兵士たち一人一人に目をやった。
「さて、戦場に赴く前に皆に心得て貰いたいことがある。まず戦闘において非戦闘員及び女子供への暴力行為を厳禁とする。武力行為は最小限度で留めること。命乞いをする者の命を無闇に奪うことも許さない。不必要に器物破損もすることの無いように。…これらはこの世界に同じように生きて戦う者として最低限の礼儀である。今までこのハイランドはそれらを尽く無視してきたが本日からは許さない。これは私の命ではあるが、ルカ殿下の承諾も得ている」
 兵士たちはますます信じられないと顔色を変えている。
 同盟だけでなく、ルカは彼らにさえ畏怖されていたのだ。
「これをハイランド軍の最高軍紀とする。この軍紀を乱す者は誰であろうと…例え将官であろうとも厳罰に処す。心するように」
 ダナは、己の言葉が兵士たちそれぞれの頭に染み渡るまで待った。
 己の言葉が仮初などでは無く、真実であると。
 これからは、ルカの命じるままに無駄な命を散らす必要は無いのだと。

「この地から、戦を無くすために皆の力を貸して欲しい」

 兵士たちの顔から動揺が消え、代わってダナを仰ぎ見る彼等の顔には信念が浮んでいた。
 真摯なる言葉に心を揺さぶられ、何故戦っているのかという本来の意義をそれぞれが思い出した。



「では、これより新生ハイランド軍は出陣する。我らに栄光を。      この手に勝利を!」


 腰から抜かれた白刃が天を衝く。
 煌く太陽の光が先端に集中し、全軍をあまねく照らした。

 一瞬後。

 おおおおっと大地を轟かす鬨の声が鳴り響いた。

























ルカ様はいい子でお留守番です(笑)
・・・・・・でも実は心配で苛々苛々してるといいっ!!(笑)