神をも恐れぬ所業


坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント







 トラン共和国。その首都であるグレッグミンスターにある総督府は日中は一般にも公開され基本的に誰もが出入りを自由にできる。もちろん、総督府の中でも関係者以外立ち入り禁止区域はあるが。
 とりあえずそれは置いておくとして公開されている部屋の中には解放戦争時代についての歴史や記念物などが展示されている、いったい誰が名づけたか通称『英雄の間』と呼ばれる部屋があった。そこは現トラン大統領の血と汗と涙と…執念の結晶と呼んでも過言では無い。
 トラン大統領レパントが英雄=ダナ・マクドールに対して、狂信的なまでに崇拝しているところは知る人ぞ知るというやつで…まぁ、レパントならずとも大概の関係者は『そう』なので、その異常性について誰もとやかく言うことも無く、その部屋の建造についても文句なしの全会一致で決定されたりもしたのだが……ここに一人だけ、顔を青ざめさせる人間が居た。
 トラン大統領レパントの息子、シーナである。
 シーナもまた、かの英雄と同じように(と言ってはレパントが畏れ多い!と叫ぶだろうが)戦争が終わるや父親に捕まえる前にとすたこらさっさと夜逃げを敢行した一人である。そんなわけで、ノースウィンドウにある宿で深夜いい気分で寝ているところに父親の密偵が現れ、心臓が止まるほどに驚いた。

「お久しぶりです、シーナ殿」
「……えーと、ハンゾウ、さん…?」

 寝起きに黒装束の人間に真上から覗き込まれたときの恐怖を想像してみてもらいたい。
 よくぞ叫びださなかったものだ。
 しかも、いったい何が起きているのか全くわからない。
 何故、どうして。こんなところに忍が?

「夜分遅くに失礼いたします」
 遅すぎです。
「大統領閣下よりの伝言を預かっております」
「はぁ……」
 シーナの頭は未だしっかりと働いていない。大統領閣下って誰?とさえ思っている。
「至急グレッグミンスターまで戻るように、とのことです」
「はぁ…………あ?」
「では、お伝えいたしました」
 え、いや、ちょっと待ってくれ。
 …と手を伸ばそうとする間に忍は姿を消した。泣きたくなるほどの素早さだ。
 ぱたり、とシーナの手が布団の上に落ちる。
       ちなみに」
「っ!?」
 消えたと思ったら再び目の前に現れたハンゾウのドアップに身をのけぞらせる。
「無視した場合は指名手配の上、軍を動かすそうです」
「はぁっ!?」
 今度こそシーナは目を覚ました。
 父親であるレパントはある部分を覗いては公私混同などしない大統領として立派な人物である。それはシーナも認めている。ただ問題があるとすればその『ある部分』ということで。軍隊まで動かしてシーナを捕まえようと言うのならば、恐らくその『ある部分』が関係しているのだろう。
 そうなると一刻の猶予もならない。
 シーナは身支度を整えると一路トランへ急いだのだった。








 そして『英雄の間』を目にすることになる。
 グレッグミンスターの観光名所の一つとなっている総督府の一部で、妙に人が出入りする部屋がある。総督府はかつての王宮を改装しているのだが、シーナの記憶するところその部屋が何か特別な用途で使われていたということは無かったはず。何なのだろうな、とレパントのところへ顔を出す前に覗き込んで……後悔した。

(……やべぇよ)

 部屋の中でも一際人だかりのできている胸像の前で、シーナは固まっていた。
 胸像のタイトルはずばり、『英雄』。

「・・・・・・・。・・・・・・・」
 実物には数段劣るが、見覚えのある顔が目の前にある・・・・。
 シーナは見なかったことにした。
(オレは何も見なかった!何も聞かなかった!何も知らないっ!!!!)
 必死で己に言い聞かせる。

「シーナ、このようなところで何を?」
 警備隊左将軍を勤めているグレンシールが立っていた。
「・・・何を、て・・・・コレ」
「ああ、これは私も駄目だとは思っていたのだ」
 友よ!・・・同志を見つけたシーナは手を取り合おうとした・・・が。
「全くダナ様に似ていない。ダナ様はもっと凛々しく知性に溢れ且つお美しい」
 そこかよ。
 英雄教(狂?)信者その2めっ!!・・・シーナは涙を呑んだ。
「よっ!シーナ、久しぶりだな!」
 その3が現れた!・・・いや、アレンだ。
「なぁ、この部屋素晴らしいだろ!大統領閣下の発案なんだけどな、俺なんか毎日来てるんだぜ」
 ストーカーか。暇人か。
 シーナよりも余程ダナとの付き合いは長いはずなのに、どうして恐ろしい結末に考えが及ばないのか。
 もしこの部屋をダナに発見されでもしたら…・・・ダナは身内だからと言って決して容赦する性質では無い。むしろ何も知らない人間より余程酷い目にあわされるのでは無かろうか。
 遠い目をするシーナの横で、胸像に向かって拍手を打つ老人が・・・・完全に何か勘違いしている。

「さぁ、シーナ。郷愁にひたるのもいいが早く行かないと大統領が待ちかねている」
 左将軍と右将軍が揃ってやって来るなどおかしいと思ったら、シーナを捕獲するためだったらしい。
 二人で両脇を固められては逃げようが無い・・・ここまで来て逃げるつもりもないが。
 だが、確かにこの部屋を見た瞬間に、もういっそ世界の果てまでも逃げたくなったけれど。

「へぇ、これが英雄の使っていた歯ブラシかい」
「こっちには、下着だって」
 部屋を出て行こうとするシーナは背中ごしに不穏な台詞を聞く。
「レパントコレクション、ですって」




(オヤジぃーーーっ!!!!!)







 マジ、ホント。勘弁して下さい。

 『シーナ、覚悟はいいかい?』・・・死神が脳裏で物騒に微笑んでいた。


















シーナが英雄の間の存在を知った瞬間・・・こんなことなら
放浪なんてせずに父親を見張っていれば良かった、と後悔
したに違いない!(笑)