再見!魔王様


坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント









 今や落ち目の同盟領を出来るだけこっそりと通りぬけて、ハイランドの首都であるルルノイエにたどり着いたシーナはその城門と中へ続く町並みを見て、深い息を吐いた。

「こりゃ、ムリだな」

 何が無理なのか、グレンシールとアレンには説明されなくてもわかっていた。
 同盟領とは活気が違う。人々の顔には平安と喜びがあり、出入りも多く、様々な店が軒を連ねている。
 同盟の意気消沈した様子とは天と地だ。
 この勢いに勝とうというのは無謀と言うしかない。

「さてと、どうするかな」
 普通に、トランの旅券で検問を突破してしまった3人はこれからどうするべきかと顔を付き合わせた。
 ハイランド軍の総司令などという大仰なことをしているダナに会うのはなかなか難しいだろう。トランからの使者と言えばあっさり通してくれるかもしれないが、一応今回の戦争には中立の立場をとっているトランから使者がきたとなれば大事になりかねない。それは望むところでは無い。三人は、ダナにだけ用があるのだ。
「ま、適当にうろついてようぜ。・・・可愛い子いっぱいいそうだしな」
 後半ぼそりと呟いたのがシーナの本音だろう。
 グレンシールは苦笑し、アレンも肩をすくめる。ダナに今すぐにでも会いたいのは山々だが、その邪魔になることだけはしたくない。
 そうして様子を見ることにした一同は宿をとろうとしたのだが・・・




「やぁ、シーナ。アレン。グレンシール」




 探し人であるダナは、普通にそこに居た。椅子に座って手をあげている。
 瞬間、呆然とした三人の中で一番早く我にかえったのはシーナだった。
「おま・・っこんなところで何を・・・!?」
「何て、君たちを待ってたんだけど?」
 当然のことを聞くなとばかりの言い様だ。
「だから何で・・・っ」
「君たちが来たのがわかったかって?」
 やれやれとダナは肩を落とす。
「そのぐらいの情報を、僕が掴めないとでも?シーナたちがトランを出てこっちに向かってるってことは忍からすでに聞いていたしね」
 忍。そう、忍、だ。
「・・・そうだぜ、それがあるじゃねぇか!何で俺たちがわざわざ手紙なんて運ばないといけないんだよ!どうせなら情報と一緒に運べよ!」
「いやだなぁ、シーナ。彼らは僕の忠実なる友であって、運び屋じゃないからね」
 抜けぬけというダナに、今までの行程を思い出して殺意を覚える。忍たちはトランに忠誠を誓っているわけでもレパントに仕えているわけでもない。あくまで、そこにダナ・マクドールの姿があるからこそトランのために身を砕き、彼のために情報を運ぶのだ。
 しかし今更文句を言っても仕方ない。多大なる文句を飲み込んだ。
「・・・相変わらず、みたいだな」
「シーナもね。アレンとグレンシールも遠くまでご苦労様」
「いえ、お元気そうな姿を拝見できただけで何よりです」
「ダナ様!お変わりありませんか!?何かご不自由など・・・」
「はいはい、アレンは落ち着いてね。それで、僕に何の用?・・くだらない用事だったら裁きだよ」
「・・・・」
 にこやかに物騒なことを言われ、シーナは差し出そうとしたレパントの手紙を引っ込めた。
 きっと手紙の中にはその『くだらない用事』満載なのだろうから。
「いや、えーと、その、だな・・・」
 シーナに確実にわかるのは、この手紙をダナに読ませれば自分たちの命が無いということだけだ。
 それがわかっていて手紙など差し出せようか・・!?
 挙動不審に陥ったシーナに、ダナはおかしそうに笑った。
「ごめんごめん、シーナ。レパントの手紙ぐらいで今更君たちに裁きなんて食らわせないよ」
「っわかってんなら脅すなよっ!」
 詰め寄るシーナをまぁまぁと落ち着かせて、ダナはここでは難だしと準備万端とっていた部屋へと三人を案内した。
「王宮に案内しても良かったんだけど、僕と一緒に居るとこなんて見られたら目立っちゃうだろうし・・・ルカに見つかったらそれこそ『殺すっ』とか言いかねないし・・・」
 もてる男は辛いね〜と冗談なのか本気なのか、反応にし辛いことを言ってくれる。
「・・・いいけどよ」
 相変わらず無敵にマイペースのダナにシーナは疲れたように肩を落とし、手紙を差し出した。
「レパントの手紙っていつでも無闇矢鱈に無駄に豪華なんだよね」
 トラン共和国の刻印が入った封筒には封ろうがされ、中の手紙は最上質のもので繊細な透かし模様が入っている。ダナは開けた封筒を無造作に机の上に放り投げ、手紙に目を走らせる。
「・・・・ふーん、レオンがねぇ・・・もういい年なのに元気に動くよね」
 どうやらその手紙に書かれているのは、シーナが予想していたようなダナの帰還を促すためのものだけでは無かったらしい。腐っても大統領、とシーナは少しだけ父親を見直した・・・が。
「『三年の長きに渡り、貴方のご不在を嘆き、またその身を案じて参りました。こうして貴方からのご連絡をいただき私は喜びに今すぐにでもお傍に参上仕りたいところでございます!』・・・テスラたちが必死でレパントを押さえこんでるのが目に浮かぶよ」
「「「・・・・・。・・・・・」」」
 微笑したダナは手紙を放り出し、顎に手をついて三人に視線を投げかけてくる。
「・・・で?シーナたちは僕をトランへ連れて帰るために来たの?」
 王者然とした鷹揚な物言いは、聞き分けの無い子供を見つめる親のようだ。
 無理強いなど到底不可能なことは、三人にも良くわかっている。
 ごほん、とシーナは咳払いをした。
「えー、その、な親父とは3年間ずっと顔を合わせてないわけだろ?・・・何かこいつらに聞くところによると結構お前自身は帰ってきてたみたいだけどさ」
「おや、アレンにグレン。しゃべっちゃったの?」
「申し訳ございませんっ!!」
「・・・この馬鹿が口を滑らせたものですから」
 アレンが平身低頭謝る。
 しかし、ダナはそれほど怒ってないようだ。
「だからさ、一回ぐらい元気な顔見せてやれば親父の奴も納得すると思うんだよ」
「納得ねぇ。・・・・すると思う?」
 ダナに切り返され、シーナはぐっと詰まった。
 英雄教(狂)信者のレパントは、ダナに大統領の地位を譲ろうと未だに虎視眈々と狙っている。そんなレパントを顔を見せただけで納得するわけが無い。
「それに今はそんな暇無いしね」
 同盟との最後の戦いが近づいている。
「・・・お前さ、どこまでやるつもりなの?」
「んー・・・」
 この三年間、歴史に埋もれて生きてきたのに今更こんな目立つような真似をするなど、シーナの知っているダナであれば在り得ない。
「そろそろケリはつくよ。それにあくまで僕はただの『ダナ』だからね」
 ふふ、と曲者な笑みを浮かべてみせる。
「三人ともさすがに手ぶらじゃ帰れないだろうし、手紙を書くよ。ついでに、もう少ししたらトランにも顔を出すからって伝えておいてくれたらいい」
「!?」
「それから帰るついでに、ちょっと同盟軍にも寄っていってくれないかな?」
「はぁっ!?」
「大っぴらじゃなくてこっそり裏からでいいから。クマと青に伝言を頼みたいんだ」
 するとシーナはダナに対して掌を差し出した。
「何?」
「親父への手紙はともかく。その見返りは?」
「ちゃっかりしてるね。そんなことこの僕に言うのはシーナかルックぐらいだよ。おかげでこっちも貸し借り無しで気が楽なんだけど」
 ダナは笑うと、シーナの手の平を己のもので軽く打ち返した。



「シーナのお願いを何でも1度だけ適えてあげるよ」



 その言葉にシーナばかりでなく、傍らで聞いていたアレンとグレンシーナも目を見開いた。
 大雑把に見えて慎重なダナが何も考えずに『何でも』などというわけがない。彼がそれを言うからには本当に『何でも』なのだ。ある国を滅ぼして欲しいといえば滅ぼすだろう。・・・そう、もし次期トランの大統領になって欲しいといえば、それさえ適えるだろう。
 諸刃の剣ともいえる、その言葉をシーナに与えるのはそれだけダナが『シーナ』という存在を信頼している証なのだ。
 馬鹿だ、軽薄だと言われながらも決して愚かではないシーナはその言葉の持つ意味を正確に把握し、あえぐように口を開閉させた後・・・軽くため息をついた。

「お前って、全く…ホント、性質悪い」

「ありがとう」


 

























番外が本編に追いつきました。