闇に咲く白き花






「・・・何か着慣れない色で落ち着かないや」

 くるり、と一回転したダナに付き添うように軽やかに白い衣が舞った。
 ダナの総司令官就任を正式に発表した後、ルカが用意したのがこの純白の軍装だった。
 最高級の絹に銀糸を織り交ぜて作られたそれは、防御力にも優れながら非常に軽かった。ルカや他の将軍たちのように鎧やら兜やらと重いものをつけることを避けたダナの姿は、司令官というよりは軍師に近い格好と言えるだろう。ただ、お飾りではなく戦場に立つ存在として、ダナの軽やかな動きを遮ることの無いように、長すぎず短すぎず、絶妙のサイズで作られている。
 採寸した覚えは無いのに、ダナにぴったりなのは・・・ルカの隠れた才能というものかもしれない。

「ふん、まずまずだな」
「黒い御髪が白に映えて、眩いばかりにお麗しい」
「はぁー、やっぱすげぇ美人だな。目の保養、目の保養♪」
「戦場では特に目立つことでしょう。十分にお気をつけ下さい」
 上から順番に、ルカ、クラウス、シード、クルガン・・・の発言である。

「ぶーっ!ルカしっかーくっ!」

 ダナに指を突きつけられたルカが、口をぱくりと開ける。
 いったい何が失格だというのか。
 不服そうなルカに、ダナは腰に手を当て・・・睨みつけた。
「『まずまず』?・・・『まずまず』?」
「・・・・・・・。・・・・・・」
 ルカは視線を逸らした。
 『まずまず』どころか、非常にこの上なく美しく、似合っているのだが・・・ルカの性格からして素直にそんなことが言えようはずは無い。ルカにとってはそれでも『まずまず』は最大限の誉め言葉だったのだが、ダナは納得しなかったらしい。
「ル〜カ〜」
「・・・・ぐっ」
「ルカ〜?」
「・・・・よ、、」
「よ?」

         よく似合っているっ!
「ありがとv」

 取り残されていた三人は二人の遣り取りに絶句した。
 ルカに賛辞を強請るダナもダナだが・・・・・羞恥に頬を染めるルカなど・・・ルカなど・・・・・・・・・
 きっと白昼夢を見たのだろう・・・彼等は揃って記憶の彼方に追いやった。

「さてと、本題に入ろうか」
 ダナの声に緩んでいた空気が引き締まる。
「今日、クラウスに来て貰ったのはね…キバ将軍と一緒に降伏勧告を出しに行って貰いたいからなんだ」
「降伏、勧告・・・ですか?」
「そう」
 何を言い出すのかと目を瞬かせるクラウスに、ダナは地図を広げて見せた。
「ここ。ノースゥインドウを新同盟軍に奪われたわけだけど・・・降伏勧告を出すのは隣のトゥーリバーね」
「はぁ・・・しかし、素直に受け入れるとは到底思えませんが?」
「だろうね。でも受け入れさせる」
「・・・・・・」
「このトゥーリバーは人間と異種族とが共存している。種族が違えば生活習慣も考え方も違う。表面上は仲良くしているかもしれないけれど、軋轢は起こっているはず。そこをついて攻撃して一気に落とす。当然新同盟軍は援軍を出してくるだろうけれど、結団して間もない同盟の軍勢なんてたかが知れてる」
「はははっ豚どもめっ!蹴散らしてくれる・・・うぐっ」
 隣でいつもの高笑いを始めたルカの口にダナは振り向くことなく豚のぬいぐるみを突っ込んだ。
 ・・・・実はずっと何でそんなものが置かれているのだろうかと疑問に思っていたのだが、まさかこのために用意されていたのだろうか・・・・笑顔のダナにクラウスたちの顔が引き攣る。
「今回、ルカは留守番だって言っただろ。大人しくしてること、いいね?」
「・・・・・・・・・」
 ぺっと豚のぬいぐるみを吐き出したルカは、不服しそうになりながらも口を噤んだ。
 あのルカが。こんな暴挙を怒ることもなく、言うことを素直に聞いている!?
(ああ・・っやはり私の目に狂いは無かった!!!!)
 ダナを総司令官に推したクルガンは拳を握り締めた。

「グリンヒルはジョウイが落としてくれるだろうし、サウスウィンドウにはソロンを出す。補佐はクルガンとシードに頼むよ」
 ダナに命を救われ、汚名返上の機会を与えられたソロンは今度こそ使命を果たすだろう。
「同盟の結束なんて、あって無いようなものだ。だけど新同盟軍は侮れない・・・育ちきる前に枯らす。禍根は後に禍を成す。三方同時に攻められて兵を分散できるほど同盟軍に余裕は無いし、機動力も無い」
「総司令官はどちらに・・・?」
「僕はクラウスたちの援護に動く。この戦はスピードが命だ。彼等に考える暇を与えないこと。千ほどの軍勢を連れてクラウスにはキバ将軍と共に降伏勧告をして欲しい。・・・その後、軍勢を紋章で転移させる」
「紋章で・・っ!?そのようなことが可能なのですか?」
 可能であるならば、これほど有利なことは無い。いつでも敵の隙をつけるのだから。
「一度ならね。二度は無理」
「何故ですか?」
 クルガンが尋ねる。
「兵が耐えられず、狂うからだよ」
 いともあっさりと告げた。
「・・・それは・・・そのように危険なことをして大丈夫なのですか?」
「だから一度だけ。虚仮脅しだよ。一度してれば、またされるんじゃないかって思うからね」
「・・・・・・・・」
 一同呆気にとられて言葉も無い。
 この中で誰よりも年若く繊細な外見ながら、誰よりも老獪な中身を有している。
「これまで同盟軍が戦うことを諦めなかったのは、ルカのせいだ。ルカの殺戮を恐れて彼等は戦い続けてきた。・・・だがハイランドの属国になったとしてもその権利を保障すれば無闇に楯突くことも無い。だからこそ畏怖の象徴と化したルカにこの戦いに出てこられては困る。これはハイランドが変わったことを宣言するための戦いでもあるんだ」
 ダナは真剣な表情の彼等を見回し、頷く。
「好きで他人の命を奪う者は稀だ。普通の人間ならば争うことを厭う。今まで散々殺しておいて今更虫のいい話だとは僕も思うけれど・・・それでもこれからのハイランドはただ無闇に命を奪う存在では無いってことを知らしめる。それを心して、戦って欲しい」
「「「はっ!」」」
 最敬礼で、彼等は応えた。





















 バルコニーに出たダナの前髪を、夜風が撫ぜていく。

       カゲ」
 小さな呼びかけに、背後に気配が生まれた。
 忍装束に身を包んだ男が膝をつき、頭を垂れている。
「成り行きに身を任せていたら、こんなことになっちゃったよ」
      御心のままに」
 静かなる忍は、孤高の忍でありながらダナに忠誠を誓い・・・傍に控えている。
「トランに。・・・レパントにこの手紙を届けて欲しい」
「御意」
 聡明な忍は、何ゆえにと問うことは無い。
 現れたときと同じように、音もなく姿を消した。








「108星は集わない。        これもまた運命だ」



















・・・最強坊ちゃんを思う存分書けるのが楽しくて仕方ない!
そしてルカはどんどんヘタレになっていく・・・(笑)