恋し請いしや其の姿


坊=ダナ・マクドール
2主=ローラント








 シーナは不機嫌だった。これまでの人生で最悪だと思うほどに機嫌が悪かった。
 何故ならば。


「あらぁ、旅のお兄さん。いい男ねぇ」
「お名前は何と仰るの?」
「恋人はいらっしゃる?」
「今夜はお暇?もし宜しければ私と・・・」
「何言ってんのっ私と・・・っ」


 女たちに誘われているのは、シーナでは無かった。
 見慣れない旅装姿の、アレンとグレンシールである。
 シーナなんてまるで相手にしてもらえず、一人カウンターで酒を飲んでいる。自棄酒に近い。
「何であいつらばっか・・・っ!」
 やりきれない叫びが口をつき、カウンターの向こうでグラスを磨いていたバーテンダーから同情の眼差しが注がれた。
 シーナ一人だけならば、こんなことにはならないはずだ。
 日ごろから『女の子が大好きだ!』と公言しているように、シーナは恥ずかしげもなく甘い言葉で女を口説く。ちょっと軽そうには見えるが、容姿も悪くないのでナンパをすれば3回に1回は成功する。
 これはかなりの確立だと自負している。
 それなのに、だ。
 アレンとグレンシールがついてきた途端、こうだ。
 何故彼等ばかりがっとシーナは思うが、女性というのは実に鋭く容赦ない。
 シーナの場合は所詮『遊び』で終わる。だが、アレンとグレンシールの場合は『遊び』では終わらない、包容力というものを感じることが出来るのだ。年齢の差もあるのだろうが、騎士として数々の戦いを生き抜いてきた経験が滲み出ている。特にグレンシール。彼に群がる女性たちの目には本気の炎が燃えていた。

 そもそも何故、この二人がシーナと共に、しかも同盟領に居るかと言えば・・・・


「くそっそれもこれもあのクソ親父のせいだ!!」


 ということになる。










 使者の役目を終えて、一旦トランに戻ったシーナはゆっくりする間もなく再び同盟領へとトンボ返りすることとなった。
 ダナ・マクドール同盟領に在り・・・という情報をレパントが掴んだためだ。
 いったい誰がそんな余計な真似をしたのか、見つけ出して縊り殺してやりたいとシーナは思ったのだが、心当たりが多すぎて一人に絞れない。しかも簡単にシーナに殺されそうに無い面々ばかりとくる。

「ダナ様にこの書状をお届けし、是非にも一度トランへご還御いただくように願い申し上げて来いっ!」

 言われたとき、正直『何でオレが?』とシーナは思った。
 ダナはダナで好きなようにしているのだ。それに水を差すような真似をすればシーナの命が無い。
 いや、マジで。
 だが、英雄教(狂)信者の父親は聞く耳もたず、シーナがちゃんと役目を果たすようにとお目付け役にアレンとグレンシールという騎士二人まで同行させた。(なら、オレいらねーじゃん?)
 首都警備役の頭二人が抜けていいのかよ、と思ったが・・・まぁ今のトランに手を出すような命知らずは居ないだろう。誰しも同盟と同じような目には遭いたくないだろうから。
 かくしてシーナはやる気の欠片も無く、二人と共に旅立ったのだ。

 そうして泊まった宿という宿、街という街で同じような目にあっている。
 いい加減やさぐれてレパントの命令など無視してトンズラしたいところだ。



「まぁまぁ、一杯飲めよ」
「・・飲んでるさっ」
 女たちの誘いを全て袖にして(羨ましいやら妬ましいやら)部屋に戻った三人は、改めてと酒を酌み交わしていた。解放戦争の折では、酒を酌み交わすにはシーナは少々幼すぎ、アレンとグレンシールもテオという主を失い楽しむ酒を口にするどころでは無かった。
「ったく、あんたらオレに何か恨みでもあるのか?」
「そのようなものは無いが・・・」
 グレンシールが苦笑する。
「シーナの気持ちもわかるぜ。俺たちもダナ様と出かけたら同じような状況になるからな」
 アレンがフォローにならないフォローを入れる。
「ダナと?・・・いつそんな機会があったんだ?」
 ダナが成人と認められたのは、解放戦争の直前である。その頃、アレンもグレンシールも北方に戦いで出向いていて酒を酌み交わす暇など無かったはず。また解放軍にあったときには、ダナはリーダーとしての仕事が忙しく(それでもたまに抜け出していたが)、暢気に酒を飲んでいる時間は無かったし、シーナの記憶にある限り、この三人だけが顔を揃えていたということも無い。
「アレン」
「あ」
 グレンシールに名を呼ばれ、しまったとばかりにアレンが口を閉じた。
「おい」
 そんな風にすればますます、何か隠していることは明らかだ。
 シーナの目が据わる。
「アーレーンさーん?」
「・・・・・・(汗)」
「親父にちくっちゃおうかな〜」
「ちょっ・・っ」
 アレンが腰を浮かせて焦り、グレンシールが苦笑した。
「ダナ様は、この三年間一度もトランにお戻りにならなかったわけでは無いのだ」
「え・・・・そんなの初耳ですケド?」
「シーナはふらふらしてたから知らないだけだろ」
「ま、そうだけどさ。でも少なくとも親父には会ってないよな」
 それが問題なのだ。
「ダナ様は、事が大仰になっては困るからと・・・・」
 レパントに見つかれば、確かに国を挙げての騒ぎになることは間違いない。
「・・・テオ様と、テッド君の命日には欠かさず花を供えに戻られていたよ」
「そう、か・・・・」
 しんみりとした空気が流れる。
 あいつでもちゃんと、『人間らしい可愛い』ところもあったのか・・と感慨深く思う。
「『死んだ人間がこんなことしたって生き返るわけでも無いし、ただの自己満足に過ぎないけどね。父はともかくテッドの墓なんて僕が来なくちゃ草ぼうぼうで自然と一体化しちゃうし・・・とりあえず一年に一回くらい顔を出さないとグレミオとクレオが煩いし』・・・と仰っていた」
「・・・・・・。・・・・・・」
 最後のが本音だな、とシーナは察した。
「ま、いいや。それで、ダナと一緒だと同じ状況になるってのは?」
「説明せずともわかるだろう。ダナ様のあのご容姿だ。衆人が放っておくわけがない」
「いや、だけど容姿っつってもさー・・・」
 ダナの容姿は確かに圧倒的なものがあるが、どちらかと言えば女受けするというよりは・・・。
 と、考えたところシーナの背筋にぞくりとしたものが走り、あわてて周囲を見渡した。
「シーナ?どうした?」
「あ、いや何でも無い・・あははは」
 男受けする、と考えそうになったところに感じた妙な殺気は何だったのだろうか。まさかダナが近くに居るとは思わないが、余計なことは口に出さないのが良いだろう。人の心が読めるんじゃないのかと、疑いを抱くほどにダナの直感は侮れない。というよりもう人外だとシーナは思う。
「ダナ様は『女性と尊敬に値するご年配の方々に礼を尽くすのは当然のこと。男に容赦がいらないのは世界の道理』と常々仰っていらっしゃったから」
「何その理不尽な台詞は!」
 あーでも、とシーナは記憶を掘り起こす。
「確かに、ダナは・・・・・・天然の女誑しだな、と思ったことはある」
 実にうまく機を逃すことなく、ダナは女性を気遣う。かつての解放軍で、ダナを嫌っていた女性はおそらくアップルただ一人だっただろう。
「ダナ様に、照明の落ちた場所でひっそり愛を囁かれてみろ・・・俺でも落ちる!」
 いや、あんたは囁かれるまえにすでに信者だろ・・・とアレンに向けるシーナの目が据わる。
「確かになー見た目は心底、恐ろしいほどに誠実そうに見えるもんなぁ」
 中身は悪魔というか、魔王と呼ぶに相応しいが。
「あいつもちゃんとやることやってんだなー」
 解放軍時代には、そんな艶めいたことは噂一つ無かったというのに。
 それにちょっとばかり衝撃を受けている自分というのもかなり衝撃だとシーナは思う。
 ・・・深く考えると恐ろしいことになりそうなので、思考を停止させた。

 そんなシーナをグレンシールは苦笑を浮かべて眺めていた。



















再登場シーナです。アレンとグレンシールも。
二人とも坊ちゃん命!なのに変わりは無いけれど、アレンが
レパントタイプ(笑)なのに対してグレンシールはクレオタイプ(笑)
に近いかも。