その時歴史は動いた






「ダナ」

 軍議から一足先に部屋へ帰ってきていたダナは読書に興じていた。
 集中すると外野の声など一切遮断してしまうところだが、いつもとは違うルカの声に視線を上げた。
 すると、そこには不本意そうな・・・でも満更でも無いような、そんな奇妙な表情をしたルカが・・・・見慣れたクルガンやシードの他に、キバ将軍やハーン将軍まで引き連れて立っていた。
 表情には出さなかったが、さすがのダナもいったい何事だろうと思った。
 まさかこの面子で仲良く麻雀なんて訳無いだろうし・・・。(当然だ)
 ルカだけならばともかく、さすがにこの面々の前で座っているわけにいかず立ち上がる。

「凄い顔ぶれだね。どうしたの?」
 ルカに問いかけたが、ルカは応えず・・・クルガンが進み出た。
 胸に手を当て、頭を下げる。
「ダナ殿。お願い申し上げたき儀あり、我ら一同まかりこしました」
 いつも以上に堅苦しい言い方に、嫌な予感がした。
「願いごと、ね・・・。言われても出来ることと出来ないことがあるよ」
 ダナはルカにちらりと視線をやった。
 文句も言わず彼等を連れて来たということは、ルカもその『願いごと』やらを許したのだろう。
 小さく溜息をつき、クルガンを促した。
「・・・聞こう」
 はっ、と応えを返し、クルガンは口を開いた。



「是非、我らハイランドが軍師…いや総司令官となってルカ様を支えて戴きたい」



 ダナは沈黙した。
 沈黙し、彼等一人一人に視線を向けた。・・・その瞳の奥深さに全員が背筋を振るわせた。
 歴戦の猛者として王さえも敬意を払うハーンでさえも、だ。
 最後にルカに目をやり・・・

「総司令官はルカがやってるんじゃないの?」
「もちろん軍事においての総責任者はこの俺だ。・・・つまり俺の右腕のようなものになれということだ」
「へぇ・・・・」
 これが普通の人間ならば畏まって在り難く押し戴いたことだろう。
 だが、ダナにはこの国に誓う忠誠も、義務も無い。
「断っても構わない」
「ルカ様っ!?」
 何を言い出すのかと気色ばむクルガンたちと違い、ルカはダナを見つめ・・・言った。
「お前には断る権利がある。その後は、二度と口にはさせぬ」
 ダナはぱちくり、と目を瞬かせると・・・ふわり、と花開くように笑った。
 その艶やかさと・・・温かな雰囲気に息を呑む。
「やっぱりルカは優しいよね」
「・・・・そう言う変人はお前くらいだ」
 不満げなルカに、ダナはくすりと笑った。


「・・・いいよ」


「え」
 半ば諦めかけていたクルガンたちは、聞き違えたかとダナの顔をまじまじと見つめる。
「だから、いいよ。なっても。総司令官。      僕みたいな子供をそんな役職につけようと考えるなんて、とんでもな酔狂だと思うけど。・・・ルカの首につける鈴代わりなんだろうし」
 図星をつかれたクルガンたちは、気まずげに視線を逸らす。

「但し」

 笑みを収めたダナは、クルガンたちでは無くルカを見た。

「条件が二つある。それを呑んでくれないなら、この話は無かったことにする」
 願い事を口にしたのはクルガンたちだが、ダナの条件を受け入れられるかどうかの決定権はルカにある。
「言ってみろ」

「まず一つ。         意味の無い殺戮を行わないこと」

 キバとハーンが首を振る。
 ・・・殺戮は、最早ルカの代名詞とも言える。それを止めることは今まで誰も成し得なかった。
 到底ルカが受け入れるはずも無い、と思ったのだ。
 だが。

「わかった。受け入れよう」

 あっさりと頷いたルカに将軍二人は、驚愕に目を見開いた。
 後に語ったことによると、『一瞬、花畑が見えた・・・』ほどに驚いたらしい。

「そしてもう一つ。        トラン共和国への手出しは許さない」

 トラン?とダナの素性を知らされていない彼等は首を傾げる。
 ダナの出身地なのだろうかと推し量るくらいだ。

「了承した」
 これにもルカはあっさりと頷いた。まるで当然だと言うように。
 そして。

「もしこの二つの条件が破られたなら」
 ダナは右手を包み、宣言した。








「私が、              このハイランドを滅ぼす









 表情を一切削ぎ落とした秀麗な美貌。
 温度の無い声。
 場を支配する圧倒的なプレッシャー。
 ただの少年が有するとは思えないそれらに、背筋が凍る。
 大言壮語・・・そう言えない何かがダナにはあった。
 彼らは本能でそれが『真実』であることを悟った。



「それじゃ、これからよろしくね」











 その時歴史が動いた、            と知る者は誰一人として居なかった。

















さぁ、またやっちゃいましたよー(笑)
このまま続いていけるかは微妙なところですが(おい)