僕は君と友達になりたい だって僕は君の友達だから
ダナ=坊ちゃん
*5*
ダナとテッドは清風山に居た。 朝食の席でのこと、ダナがテッドに『ピクニックに行かない?』と誘ってきたのだ。 すでに話を聞いていたグレミオは早くも弁当を用意していると言う。 その状況でテッドに断る選択肢があろうはずも無く、二人でグレッグミンスターからは少し離れた場所にある清風山の麓までやって来ていた。 子供二人だけでのちょっとした小旅行である。保護者が居なくても大丈夫なのかと心配したが、マクドール家の人々は笑顔で二人を送り出した。いいのか、それで。 テッドは中身の年齢はともかく外見は十二歳だ。ダナだって見るからに良いところの坊ちゃん(美少女)に見える。道中の危険とか拐されたらとか心配にならないのだろうか。テオ将軍が放任主義なのか。確かに年中遠征に出ているテオ将軍がダナと共に過ごす時間は僅かだ。 「テッド。何か難しい顔をしているよ。どうかした?」 「いや……お前ってよくこうやって出かけるのか?」 「まさか。さすがに一人では出歩かないよ。今回もテッドが居てくれたから許して貰えたんだよ」 ありがとう、と柔らかに微笑む。 本当に十二歳とは到底思えない気遣いだ。 貴族はやっぱり育ちが違うってやつか?と思うが、過去に出会った貴族は色々だった。唾棄すべき輩も居たし、尊敬に値する人間も居た。テッドの外見年齢に近い相手も居たが、ダナほテッドをして年齢差を感じさせない。 それがどれほど異様なことか本人はわかっているのだろうか。 聞き分けが良い悪いの次元では無い。 「山頂からグレッグミンスターが一望出きるんだよ。そこでお昼にしよう」 楽しそうにしている様子は子供らしくはある。 「おう」 二人のリュックの中にはグレミオ手製の弁当が入っている。 従者と言うより『良いお母さん』だとテッドはつくづく思う。 そんなグレミオに育てられているからダナも良い子に育っているのだろうか……。 「テッドは清風山に登ったことある?」 「いや、無いな」 幼い頃にトランを飛び出したテッドにはそんな時間は無かった。 「そっか、じゃしっかり楽しまないとね!」 ダナは元気である。 清風山の麓まではグレッグミンスターから出ている馬車に乗ったが、ここから山頂までは歩きだ。 子供の足には結構辛い道行だと思われるがダナの表情に不安は無い。 「お前は来たことがあるのか?」 「前にグレミオとクレオとね。足腰を鍛えるのに丁度いいからって」 「誰の案だそれ……」 「クレオだけど?」 意外や意外、クレオは武闘派なのか。 「ところで」 「ん?」 「……登山道はこっちじゃないのか?」 ダナは思いっきり外れた方向に向かって歩いていく。 「え、だって。普通の道を歩いたんじゃ楽しくないでしょ?」 「いやいやいや」 そこは普通に安全な登山道を行くべきでは無いのか。 素人が山を甘く見てはいけない。 「大丈夫」 しかし何を根拠にかダナは自信いっぱいだ。 これがただの子供の我侭と言うのならば、ここは大人としてテッドが諌める場面だ。 しかしダナの様子は我侭を言っているという風では無い。 「僕とテッドならどんなことがあっても対処できるよ」 「……」 自身の力を過信しているのか、テッドを頼っているのか。 その言葉だけでは判断がつかない。確かにテッドならば多少のことはお荷物が居ても対処できる自信はある。 しかしそんなことをダナが知る訳が無い。 さてどうるすべきかとテッドが悩んでいる間にもダナはお構いなしに進んでいく。 「……ちっ」 舌打ちしたテッドはその後に続いた。 道なき道を進む。ほぼ人が通らない道なので雑草は生え放題で二人の身長ほどにも伸びているし、そこかしこから伸びている枝も二人の進路の邪魔をする。 それを掻き分け、斬り落としながら進むのだから進捗は遅くなる。 「テッド」 ふと横を歩いているダナがテッドの腕を掴んだ。 「んあ?」 「モンスターが居る」 「って」 「静かに、このあたりのモンスターはあまり強く無いけど不意をついたほうがいいから」 戦闘経験で言ったらテッドより遥かに少ないだろうダナに注意され、恥ずかしくなる。 第一、モンスターの気配などテッドは気づかなかった。 しかしじっと息を殺すこと暫く、気のせいだったのではと思いかけた頃、前方の草むらがガサガサと動きそこから顔を出したのはイノシシだった。 鋭い牙で草を振り払っている。 こちらが風下もあってまだ二人には気づいていないらしい。 テッドは忍ばせていた短剣に手をやり警戒する。 その時、ヒュンッと横で風を斬る鋭い音がするや、どすっという鈍い音と共に矢がイノシシへ突き刺さっていた。 余程上手く急所に当たったのかイノシシは暴れることなくそのまま絶命し倒れた。 「へ……」 呆気にとられるテッド。 「うん、命中」 目を丸くするテッドの横でダナが満足そうに頷いている。その手には弓があった。 確かに弓を背負っているとは思っていたが……。 「お前……弓、使えるんだな」 今のがまぐれで無かったのならそれなりな使い手である。 「まあ、普通にはね。さすがに僕の力じゃ貫くまではいかないから」 それはダナで無くても普通の人間には無理だろう。 しかしその弓の腕があるからこそ、脇道にそれても大丈夫だと言ったのかとテッドは納得した。 ダナがどれほど戦えるのかテッドは知らないのだ。 「弓、以外にも使えるのか?」 「一応父上の子供だし。剣も人並みには。でも一番得意なのは棍なんだけどね。さすがに森の中で使うには邪魔だから」 マクドール家は武門の家である。確かにその子供となると幼い頃から英才教育を受けるのは当然なのかもしれない。 「そういうのは先に言ってくれ……」 「驚かせた?」 にっこり笑った顔は明らかにわかっていて黙っていたとテッドに知らせていた。 こいつ……いい性格している。 「はあ……まあ、いいさ。で、こいつどうする?」 「今回はお弁当もあるし、解体して持っていくって訳にもいかないだろうから自然に帰そうか」 つまり放置するということだ。 「牙はとっておく?」 「……そうだな」 道具屋に持ち込めば多少の小遣いにはなるだろう。 「しかし、お前怖がらないんだな」 「だって、テッドは強いでしょ?」 「は?」 何を言っているんだとダナに言われてテッドは意表をつかれる。 「強い人って見たらわかるよ。父上のお陰で武人は見慣れているから」 「いや……そうだろうけど」 テッドはどこからどう見ても武人などではなく、ただの子供だ。 ダナはテッドが宿している紋章のことだって知らないのだ。 「今も警告だけで、察して動けるようにしてくれてたでしょう?」 「お前……」 僅か十二歳。その子供がここまでの観察眼を有している。 ただの坊ちゃんでは無いとテッドに警戒心を抱かせるには十分だった。 「テッドも僕が子供らしく無いって言う?」 「……事実、子供らしく無い」 嘘をついても仕方ないのでテッドはあっさり肯定した。 それにダナは嬉しそうにする。 「そうだよね。僕もそれはわかっているよ。今更どうにも出来ないし……友達にまで嘘をつきたく無い」 「……っ」 不意打ちだ。 「何でお前……」 テッドがダナに対して距離をとっていることもわかっているだろうに。 「だって、テッドは友達だから」 ダナがそう決めたのだ。だから貫く。 「馬鹿だろ……お前……」 テッドは顔を覆った。 「酷いよね、テッドは。……名前呼んでくれないし」 「……っ」 この絶妙なタイミングでそれを言ってくるのが、もう本当に子供とは思えない。 否、子供だと思うから駄目なのだ。 「あー、もういいっ」 手をはずしてダナを見れば嬉しそうに笑っている。 「お前って面倒臭い奴だな!……ダナ」 「うんっ」 だから何故そこで嬉しそうに頷くのか。 何となくこいつには一生勝てそうに無い気がする、とふと思ったテッドだった。 |
************************
おお、だんだんいつものコンビっぽくなってきた!