坊ちゃん=ダナ
「あんな子供に・・いくら将軍の息子だからといってオデッサの代わりが勤まるはずが無いっ!」 夜もふけた酒場で、解放軍副リーダーであるフリックがビクトールを相手に叫んでいた。 「帝国の貴族の、ぬくぬくと育った奴に民の何がわかる!どうせろくに戦うこともできず逃げ回って 最悪の場合、帝国に尻尾振って裏切るに決まってる!」 「まー、落ち着けって。・・・オデッサが亡くなって動揺すんのはわかるけどな」 「俺は落ち着いてる!」 机をダンッと叩く。 その態度のどこが落ち着いているんだとビクトールは酒をなめながら、立っているフリックをちらりと 見上げた。 「あんな従者やお守までつけた子供・・・ッ」 「戦力のうちだって思やいーだろ」 「余計なお荷物だ!・・・・あんな子供がリーダーで、解放軍はとんだ笑いものだ」 「笑いたい奴には笑わせとくんだな」 「ビクトールっ!」 何を言っても糠に釘なビクトールの様子に、フリックの怒りは相棒へも向かった。 「お前もお前だっ!どんな無茶苦茶な選択かわかってただろうにっ!どうして止めなかった!」 「止めるも何も・・・これ以上無い選択だと思ったからなぁ。俺はあいつがリーダーになるって決めて くれて万々歳だったな。祝杯でもあげたい気分だったぜ」 「・・・・・酔っているのか?」 「このくらいの酒で酔うかって。だいたい、お前。あいつのこと駄目だ駄目だって言うけどな。あいつの こと何も知らねぇだろ」 「知っても知らなくても同じことだ」 「そりゃぁ違うな。あいつのこと少しでも知っていたら絶対にそんなこと言えないぜ」 恐ろしくて、とビクトールは心の中だけで呟く。 「なら、お前は何を知っている?そこまで言うからには根拠があるんだろう」 「ま、色々あるけどな・・・すぐわかるだろ。あいつの補佐なんだから、お前は」 「・・・・それが我慢ならないから聞いているんだろうがっ!」 「あ?何だ、それが不満か?リーダーになりたかったのか?」 「誰がっ!リーダーは・・・・俺のリーダーはオデッサただ一人だ!」 叫んだフリックに、やれやれとビクトールは肩をすくめた。 フリックは傭兵としては一流の男だが、恋は目を塞ぐ。 「あのな、別にあいつをお前の恋人にしろって言ってんじゃねーんだから」 「当たり前だっ!」 頭に血が上っているフリックには、ビクトールの言葉がわからない。 「・・・・公私を混同するなよ」 「・・・・っ!」 「オデッサは死んだんだ。願ったって生き返りゃあしない。だけどな、解放軍はまだ動いてる。だんだん 大きくなっていってんだ。人も集まってきてる。もう引き返せねぇんだ。・・まぁ、どうしてもリーダーに ・・・ダナについていけないってんなら抜けても仕方ねぇだろうがな」 「・・・・・・・・」 「でもな、その前に・・・一度だけダナの傍で働いてみろよ。・・わかるからさ。何を、とかは言うなよ。 そのときに自分で確かめろ。それでも何もわからなければ、そのときは仕方ねぇ」 好きにしろよ、とビクトールはフリックの肩を叩いて席を立った。 「ビクトールも真面目に語る時があるんだね」 「っ!?・・・ダナ。ったく聞いてたのかよ・・・」 部屋に戻ろうとしたビクトールの背後に気配も無く現れたのは解放軍新リーダーで先ほどの話題の 主である、ダナ=マクドール。帝国貴族の中でもトップに近い家柄を誇るマクドール家の嫡男。 こんな時でなければ、テオの後を継いで将軍となり、優雅な暮らしを送れただろう。 恐ろしく整った容貌は、ともすれば女性に間違いがちだが瞳に映る強い意志の光が疑問をもたせる。 戦場で見せる覇気は、誰よりも強く。たかが子供などとは思えない。 傭兵として色々な人間を見てきたビクトールでさえ、圧倒される。 トレードマークの赤の胴衣は、今は大人しい黒衣になっているぶん闇に紛れやすい。 「参ったな・・・フリックの奴も悪気はねーんだ。許してやってくれよ」 「悪気が無ければ何でも許されると思うのは、傲慢だ」 「う・・・」 あっさり切り捨てられて、ビクトールは言葉を失う。 これでダナが怒った顔でもしてればいいのだが、ダナの表情は穏やかで口元には微笑さえ浮んで いるとくる。ビクトールでさえ、ダナの本心は正確にはかりきれない。 これでまだ14だというのだから、末恐ろしいにもほどがある。 ・・・・実際のところ、フリックには言えないが、ダナが解放軍のリーダーとして立ったことで、解放軍は 本当の『軍』として機能しはじめたと思っていた。オデッサでは、恐らくただのテロ行為として、いずれ は帝国に潰されていた・・・かもしれない。 ダナにはオデッサ以上の・・・いや、誰にも比較しようのないカリスマがある。 「まぁいいや。すぐに次の戦いがあるし・・・役立たずなら始末するのも簡単だ」 「おいおい・・・・(汗)」 ビクトールの背中を冷たいものが流れていく。 「あれだけ大きな口を叩くんだから、さぞかし役に立ってくれるんだろうね?」 「・・・・・・・剣の腕は確かにいい、運は悪いが」 「何それ」 「そのうちわかるだろうけどな・・・あいつ絶対に真っ先に風船で飛ばされるタイプだ」 ぷっ、とダナが噴出した。 「面白いな、それ。飛ばしてみたい」 「・・・・・・・」 フリックの運命は決まったな、とこの瞬間ビクトールは悟った。 「僕への不満は当然だと思うよ。抱いているのもフリック一人だけじゃないだろうし。だいたいこんな ”子供”に指図されるなんて、普通の”大人”は嫌だもんね?」 「・・・俺は、お前を『ただの』”子供”だとは思って無いからな」 「じゃ、何て思ってるの?」 「・・・リーダー」 思わず口をついて出そうになった言葉をビクトールは瞬時に差し替えた。 本当は、『BlueBlood(ブルー・ブラッド)』、そう言いそうになった。 「つまんないな」 「・・・俺で遊ぶなよ・・・」 ビクトールは情け無さそうに肩を落とした。 ダナに感じる貴き血。 それは貴族だからというのでは無い。貴族どもに流れるのは『腐った血』だ。どこまでも醜悪で 異臭を放つ、おぞましいもの。 ダナは違う。 純粋で尊く・・・・捧げられるもの。 彼はこれから辛く苦しい道を歩むだろう・・・そして、血を流す。 その血は供物となり、解放軍を導いていく。 ・・・ビクトールはため息をつきそうになった。 「ビクトール」 「あ・・・?」 「らしくもなく考えすぎるとハゲるよ」 「っあ、あのなっ!」 「じゃ、おやすみ」 ビクトールの拳を易々交わしたダナは可愛らしく手を振る。 そんな姿は年齢相応に無邪気だが・・・それが計算づくだというところが悪どい。 「・・・ったく、子供が遅くまで起きてんじゃねぇよ。さっさと寝ろ寝ろ」 悔し紛れに、しっしっと手を振ってやった。 ヤバかったか、とそれをベッドの中で後悔するビクトールが居たとか居なかったとか・・・。 |
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フリックよりビクトールの方が大人です。解放軍時代は。
その後の同盟軍ではフリックもちょっと成長(笑)