坊ちゃん=ダナ  2主=ローラント









 その一瞬、ダナの顔が凍ったことに気づいたのはルックただ一人だった。












 ひょんなことから同盟軍軍主ローラントに請われて・・・というより強引に迫られて半強制的に手を
 貸さざるおえなくなったダナは、その日初めてウェールズ城に足を踏み入れた。

「立派な城だね」
「そんなことないですよっ!マクドールさんの家に比べたらあばら家みたいなもんですっ!」
「・・・・・。・・・・」
 いったいどんな凄い家に住んでいるのか、ダナ=マクドール。
 軍主の言葉にパーティメンバーの顔がひきつる中、ダナは穏やかな微笑を浮かべていた。
 昔通り、少々のことではびくともしない、ダナの笑顔である。
「マクドールさん、中を案内しますねっ!」
 トランからかなりの距離を旅してきたのにも関わらず、ローラントは元気一杯疲れ知らずらしく、
 道中と同じハイテンションでダナに話しかける。
 つきまとわれ・・・いやいや、なつかれるダナのほうがいい加減疲れてきそうなものだが、こちらも
 マイペースで穏やかに受け答えするものだから、何故か一緒にいるメンバーのほうが疲労度が高い。
「うん、よろしくお願いするよ」
 これまたダナはにっこり、ローラントに笑いかけた。

 しかし、それもローラントがダナを酒場に案内するまでだった。


「えーと、ここが酒場で・・・僕はまだアルコールはダメて言われてるんであまり来ませんけど・・・紹介
 したい人たちが・・・・あっいたいた!」
 酒場をきょろきょろと眺めていたローラントはいつもの彼等の定位置であるカウンターの前の席に
 その姿を見つけた。
 ダナの視線も自然にローラントと同じ方向へ向く。
 そして、瞬間。ダナの笑顔が凍りついた。


「フリックさんっ!ビクトールさんっ!!」

 ローラントの声に二人が振り向いた。

「おうっやっと帰ってき・・・・・・・・・ぃぃっ!?」
「何だ、えらい・・・・・・・・・・・・・あぁっ!?」
 からかいとも、労いともいえる言葉をローラントにかけようとした二人はその隣に居る人物に
 目を見開き、持っていた酒杯と取り落とし、ぱくぱくと口を動かしながら指差した。
 この時点で勘のいい人間は逃げ出している。代表選手はルックだ。すでに影も形も無い。
 ダナは相変わらず不動の笑顔を浮かべたままだったが・・・なぜか寒い。
 傍に居た人間が凍傷でも起こしそうなほどに、冷気を放出し、ブリザードを感じさせた。
 酒場は一瞬にして極寒の地へと姿を変えた。

「??どうしたんですか、二人とも??」
 そんなダナに気づきもしないローラントは二人が何に驚いているのかわからない。
 わからないが・・・構わず自分のやりたいことをすることに決めた。
「フリックさん、ビクトールさん!紹介しますね。こちら、ダナ=マクドールさんですっ!」
 いや、紹介されなくても知っている。凄くよく。
 何しろ3年前の戦いでは自分たちのリーダーだったのだ。ダナは。
 しかし二人は一声も発せないでいる。
 ダナと共に戦ったのはそう長い間ではなかったが、知りうることもある。
 つまり、今のダナの笑顔は・・・・・・・・・・かなり恐ろしいということだ。
 原因に心当たりがあるだけに、二人は何も言えないでいる。
「マクドールさん、こっちの青い人がフリックさんで・・・こっちの熊さんがビクトールさんです。二人とも
 凄く強いんですよ!」
 誰が熊で誰が青いんだよ・・・というツッコミもダナの笑顔が怖くて出来ない。
 その最強笑顔のダナは芸術品とも言える形の唇をゆっくりと開いた。







初めましてフリックさんビクトールさん

 いっそ清清しく、光りのごとき笑顔でダナは二人に微笑みかけた。
 隣でローラントがそのダナの笑顔にほけ〜と見惚れている。
 だが、生憎二人は見惚れている場合ではなかった。
 怒っている。ダナは静かに、けれど凄まじいまでに怒っている。
 ・・・・・マズイ。このままではひっじょーにマズイ!
 フリックとビクトールは同様の考えに至ったらしく、目をあわせ、ごくりと喉を鳴らすと・・・・・・





「「すまんっ!!」」

 ダナの前でなりふり構わず土下座した。
 普通の人間ならこれで苦笑し、「仕方ないな〜」とでも言ってくれたかもしれないが、生憎、相手は
 ダナ=マクドール。あらゆる意味で普通ではない。
 ちょっと驚いたようにぱちぱち、と眼を瞬かせると(・・素晴らしい演技だ。役者もまっさお)、隣に
 立っているローラントに困ったように笑ってみせた。
「・・・何だかよくわからないんだけど、僕を誰かと勘違いしているみたいだね」
「え!?まさか、マクドールさんを誰かと勘違いするなんて・・・・」
 こんなに強くて綺麗で、強くて綺麗で・・・・ローラントの頭の中では同じ単語がリフレインする。
 あまり語彙は多くないのだ。
「ん〜、でも僕は彼等に会うの初めてだし・・・確かに。僕にもフリックビクトールていう同じ名前の
 知り合いはいたけど・・彼ら、もう・・・・・・・死んじゃったし
 少々物悲しい雰囲気で眉をしかめ、「死んだ」という部分を殊更強調するダナにローラントが何を
 血迷ったか、がしっとダナの手を取り・・・
「大丈夫ですっ!マクドールさんっ、僕は絶対に死にませんっ!」
「うん。そうだね・・・君は殺しても死にそうにないよ」
「あはは、もう照れちゃうじゃないですか〜」
 いや、今のは褒められたんじゃないだろ・・・。

「ダ・・・・ダナ・・・」
 土下座したまま見捨てられていたフリックが勇気を振り絞ってダナの名を呼ぶ。
「はい、何でしょう・・・えーと・・・・フリックさん?」
 許す気など到底無いらしいダナに再び撃沈する。
「ダナ・・これには訳が・・・」
「ビクトールさん
 ダナは笑顔でビクトールの言い訳を切って捨てた。
 こうなってはもうおしまいだ。彼らはダナ=マクドールの地雷を踏んでしまったのだ。



















「君も大概いい性格だね、相変わらず」
「そう?・・・・裁きをお見舞いしなかっただけでも褒めてほしいね」
 フリックとビクトールの二人を笑顔だけで屍と貸した最強の英雄は、城の屋上で石版の管理者で
 あるルックと顔をあわせていた。
「・・・本当にね、心配していたんだよ」
 死んだという可能性だって考慮していたダナにとって二人との再会は・・・・あまりに驚きであり、
 喜びでもあったが・・・・それを上回る怒りのほうが強かった。
「・・・素直じゃないね」
「ルックには言われたくないよ・・・・」
 つん、と澄ました顔のルックにくすくすと笑うとダナは愛用の黒艶も美しい天牙棍を持ち直した。
「じゃ、僕はそろそろ帰るね」
「・・・来たばかりだけど」
「うん、でもグレミオが心配するだろうし・・・・僕がここに入り浸るのはあまりよくないだろうから。用が
 あったらいつでも来てね、てローラントに伝えておいてくれる?」
「何で僕が・・・」
「ルックが一番頼みやすいから」
 そんなことを言うのはおそらく世界でダナただ一人だろう。
 無表情、無愛想、無関心。見事に三拍子そろったルックに平気で頼みごとが出来る人間など
 そうそう居はしない。
「じゃぁね♪」
 相当の高さがあるにも関わらず身軽にひらりと地上に飛び降りた・・・表現するならば舞い降りた
 ダナはルックに手を振りながらグレッグミンスターへ戻って行った。

「まったく・・・」
 嘆息したルックの表情は、相変わらず無表情だったがどこか嬉しそうだった。

















 その後、ローラントに強制的に『いざ行かん!マクドールさんお迎え隊』のメンバーにされたフリックと
 ビクトールは、ダナの怒りが消えるまでひたすら謝り続けたとか・・・。









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