29. 月蝕 (幻水/フリ坊?)
坊ちゃん=ダナ・マクドール
トラン湖に浮ぶ、古城。 その屋上にたたずむのは、頭を巻いたバンダナを風に揺らした解放軍軍主。 雲ひとつない夜空を見上げる、その瞳にはいったい何が映っているのか・・・。 そろそろ風が強くなってきたので、中へ入るように言ってくれと世話係のクレオに頼まれ、屋上で軍主を 見つけたのはいいが、声をかけづらい雰囲気にフリックは入り口で困惑していた。 昼間の恐ろしいほどの覇気がなりをひそめた無防備な姿。 そうしていると華奢な後姿は、頼りなく今にも壊れそうで、不安をかきたてる。 まだ、15歳。・・・まるっきり子供というわけでは無いが、まだ親の庇護にあるべき年齢だ。 それなのに。 目の前の子供は、その肩に年齢には不相応な重い、重い責任を背負っている。 多くの人間の期待を一身に受け、決して裏切ることも、負けることも許されず前にただ進むことだけを 強請られる。 彼が得たものは、あっただろうか? 彼の望みは、どうなったのか? 失ったものは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「・・・フリック」 ふと名を呼ばれ、びくっと身を震わせた。 「いつまでそこで突っ立ってんのさ。鬱陶しい」 「・・・・悪かったな」 容赦ない口調は、弱弱しさを感じさせない。今まで感じていた焦燥が全て杞憂であったかと思わせる。 フリックはゆっくりとダナに歩みよった。 「何かあったのかい?」 「・・・いや、クレオが・・」 それだけで内容を察したのか、ダナは僅かに苦笑して”心配性だな”と呟いた。 「・・・で、伝言があった人間が、そこで何してたの?人をじっと見つめて?」 「・・・っ気づいてたなら、言え!」 「だから掛けてあげたじゃないか。無視してもよかったんだよ」 ああいえば、こういう軍主である。 口で勝ったためしのないフリックなど、はなから勝負にならない。 「・・・・何を、見てたんだ?」 居づらくなって、話をそらしてみる。 「月だよ」 「・・・・・・・・・」 「珍しくも何とも無いだろ、みたいな顔してるね?・・・・今夜は月蝕なのさ」 「月蝕・・・」 「月が欠け・・・闇が満ちる夜」 恐ろしく抑揚の欠いたダナの声は、余計に不安を煽る。 「ほら・・・始まった」 ダナが見上げた先で、月が・・・欠けていく。 まるで闇に侵食されていくように。 昔は災いが起こる前触れなど言われ畏れられていたものだが、今は迷信とわかっている。 それでも、どこか禍々しいと思ってしまうのは、闇への本能的な恐怖ゆえか。 傍らのダナに目を向けると、微笑を浮かべてうっとりするように、欠ける様を見ていた。 「・・・・・・・・・・」 失ってしまう! 唐突にフリックを襲った衝動のままに・・・・・・・・・・・・・・・・・ダナを抱きしめていた。 「・・・・・・・・フリック」 はっ! 「あ・・・・いやっ!その・・・っ」 腕の中のダナが不審そうに見上げてくる。 「何か・・・消えちまいそうで・・・」 自身でも馬鹿なことを言っている、と落ち込みつつも、フリックの腕はダナを捕らえたままだ。 「・・・・本当、フリックて・・・・・」 馬鹿だよね・・・としみじみ落とされた。 「あのなぁ・・・っ」 「でも」 「・・・・・・今夜だけは、許してあげよう」 ダナの重みがフリックの腕にかかる。 月は、闇へ消えた。 |