23.隻手 【ミスジパ・ヒデヒヨ】








 足元に波紋が広がる。
 幾重にも重なる、水の紋。
 頼りない水の上を歩くような、不思議な感覚。
 周囲は暗く、闇におおわれ、足元の波紋を描く水は、赤かった。

 (・・・これは何だ・・・?)

 赤い水?
 聞いたこともない・・・・それとも錆でもまざっているのか・・・
 
 興味をそそられ、何の気なしに腰をかがめ、赤い水へ手を伸ばした。

 (・・・・・?)
 ふと眉をひそめる。
 すくってやろうとした赤い水は指の間を抜けていく。

 (何をやっているんだ・・・)
 両手ですくえば良かろうに・・・苦笑した気配が空気を僅かに揺らした。
 だが、何故か右手は出てこない。
 動かしているつもりなのに、右手はいっこうに視界の先には現れず感覚もない。
 
 (おかしい・・・)
 不審に思い、右腕に目をやると、そこには在るはずのものが存在しなかった。
 右腕は、肩のつけ根から消失していた――――

 声無き叫びが、空間を切り裂く。










                       
【大丈夫】





 (・・・・・・・・・・?)




                       
【大丈夫だよ・・・】

                       
【俺はここに居る、ずっとお前の傍に居るから・・・】



 右腕が、温かい『何か』に包まれた。



「・・・・・・・・・・・・・□□□っ!!」


 





















「・・・・・・・う、太閤っ!・・・・・・・・兄上っ!」
「・・・・・・・・ああ、小一郎か、どうした?」
「部屋の前を通りがかりましたら、うめき声が聞こえましたので・・・」
「・・・・ああ、そうか」
 秀吉はゆっくりと寝所から身を起こし、小一郎の手から白湯を受け取った。
「悪い夢でもご覧になりましたか?」
「悪い夢?・・・・・・・いや」
 秀吉は遠くに目をやると、ふと苦笑を浮かべた。
「いや、良い夢だったな」
「・・・??それならばよろしいのですが・・・」
「ああ、心配ない」

 

 (藤吉郎・・・・・・夢の言葉が真実ならば・・・・・・・・・)




「藤吉郎・・・・・・・・・・」

 俺の半身。










BACK