● 女王陛下の野望 ●









 鏡のような水面を陽子は覗き込んでいた。
 そこに映っているのは周囲を逆さまにした風景と真剣な表情を浮かべた陽子である。

「……やはり魚は居ないのか」
「今さら何言ってんだ、お前」
 すかさず船に同乗していた楽俊は突っ込んだ。
 その顔は呆れ果てている。
「だってこうして船が浮かぶんだぞ?魚が居てもいいと思うんだが」
「この船は宝重だからな。雲海は海に見えても海じゃねえだろ」
「雲海は本当に不思議だ……」
 恐らく陽子がこの世界に来て一番不思議に思っているのがこの雲海の存在かもしれない。
 下界から上を覗くことはできないのに、上からは下界を垣間見ることが出きる。
 マジックミラーか?
 そして雲海に飛び込んで潜っても底にたどり着くことは無い。
 メビウスの輪?
 陽子は手を伸ばして、雲海の水を掬った。潮の香りはするし、海水に間違いない。でも海水のようにべとつく訳では無い。
 麒麟を洗うのには雲海の水が最適だと延王に唆されて景麒に雲海の水をかけてみたことがある。
 その後はご想像の通り。怒り心頭の景麒に太綱一巻の書き写しが終わるまで許して貰えなかった。
 千年も生きていれば色々ある。人生(?)色々だ。
「確か雲海に魚が居ないってのは納得したんじゃ無かったか?」
 楽俊の記憶によると王になって落ち着いた頃に同じことを陽子が言っていたことを覚えている。
「そうなんだけど……あれから結構経っただろう?新しい生き物が発生していて、そろそろ魚類も誕生するかもと」
「何だそれ」
「……」
 そうだった。この世界に進化など無い。今更過ぎることを陽子は今更思い出した。
 今ではこちらの世界で生きた年数のほうが圧倒的に長いというのに未だに蓬莱の常識を当然のものとして考えることがある。
 三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。
「しかしこんなに広い場所が何も無いというのももったいないと思わないか?」
「そんなことを思うのは陽子くらいだぞ」
 また変なことを言い出したなと少し警戒しながら楽俊は陽子を見る。
「うー、是非とも雲海で魚を養殖したい」
「……養殖」
「そう。雲海で獲れる魚。新しい慶国の特産品になりそうじゃないか?できれば色々な種類が欲しいな。魚だけではなくて貝も欲しい」
 碧の瞳をきらきらと輝かせて提案する。
 本気の顔だ。
「いやいや待て待て。よく考えてみろ。雲海で魚……がもし万が一にも獲れるようになったとしても誰がどうやって獲るんだ?」
 雲海の上に生きる者たちは限られている。基本的には官吏たちだ。彼等に漁をしている時間など無い。
「うーん……確かに誰が獲るのかというのは考えなければならないな。ああ、そうだ」
 ぽんと陽子が手を打つ。
「禁軍の兵士たちの訓練の一環ということで漁をして貰うというのはどうだろう?」
「……」
 楽俊は想像した。
 陽子の号令のもと、嬉々として雲海に魚を獲るために飛び込んでいく禁軍の兵士たちを。
 彼等の陽子への忠誠は頂点を突きぬけ、最早何処に行くのかわからない。
 大漁になれば大漁旗ならぬ王旗を振り回して金波宮に帰還する兵士たち……その腕にあるのは大漁の魚。
 きっと盛大な宴が催されるのだろう。

「……陽子」
「うん?」
 楽俊は己の使(死)命を知っている。
「想像だけにしとけ」


 雲海養殖場計画は楽俊によって未然に防がれた。
 慶国の危機は回避されたのだった。















12/12 十二国記の日だから!と急いで書いたらよくわからないものが出来上がりましたとさ。