● 女王陛下の癒し ●








 ふと思いついた陽子は朝から目を通していた書管から顔を上げ、徐に立ち上がった。
「……主上?」
 傍に居た景麒が何があったのかと首を傾げる。
 そんな景麒を見下ろして陽子は宣言する。

「私は癒しを求めて黄海へ行ってくる!」

 その行動は素早く露台に飛び出した陽子はいつの間にか待機していた陽子の騎獣である黒耀の背に乗って、あっという間に雲海を駆け抜ける。どんどん陽子の姿は小さくなっていく。
 その場に残された景麒は引き止めることもできず呆気にとられて間抜けにも口が半開きになっていた。
「……っ!禁軍っ!!」
 我に返って、慌てて禁軍に出動をかけるものの時すでに遅し。
 陽子の姿は雲海の遥か彼方に姿を消していた。






 黄海は陽子の遊び場である。
 妖魔も妖獣も放し飼い状態で、人を見かければ基本的に襲ってくる。
 それのどこが遊び場だと朱氏たち……よく巻き込まれる頑丘に知られれば盛大に文句を言われるだろうが。
「最近私も忙しくて気分転換しないとやってられないんだ。だから黒耀」
 陽子が傍に控える黒耀に視線を迎えると合点承知!とガウっと返事をするとひと蹴りしてどこかへ走り去った。
 それと同時に遁甲していた班渠が足元に首だけ突き出した。
 その光景は生首が地面に突き刺さっているようでとてもシュールだったが、今は誰も気にしない。
『陽子様……』
「班渠も里帰りしてくるか?」
『……お傍に』
 何を言っても聞きやしないと人間よりも人間らしい仕草で「これ駄目だ」と首を振った班渠は再び遁甲した。
 陽子はそんな班渠に特に何を言うでもなく、黄海の探索を始める。
 朱氏も立ち入らない獣道は歩きにくく倒木が行く手を遮っていたりもする。そんな倒木も陽子は水禺刀で一刀両断。
 切り口も見事の一言に尽きる。
 周囲に妖魔の気配を感じているが近づいて来ようとしないのは本能で襲ってはいけない存在だとわかっているからだろうか。
 陽子は寧ろ近づいてきて欲しいのだが。
 妖魔にも色々居ると思うが班渠や驃騎の同類ならカッコイイと思うし、飛鼠なども可愛い。
 妖魔じゃなくて妖獣でもいい。サモエドのような毛がいっぱいの可愛い系妖獣なら尚更良い。
 その時遠くから、ドドドドと地を揺らすような音が耳に届いた。
 陽子は水禺刀を手に気合を入れなおす。
「よし。いつでも来い」
 少し開けた場所に出て陽子は剣に手を当てる。 
 すると遠くから木々を倒しながら色々な妖獣がどこか必死で走ってくるのが見えた。
 土煙をたてて近づいてくる様はなかなか迫力がある。
 普通なら慌てて逃げ出す光景だ。
『主上っ』
 班渠も姿を現し、陽子の前に出る。
「問題ない。―――殺さない程度に『しつけ』を頼む」
『御意っ』
 走ってくる獣は様々だ。犬のような獣も居れば狐のような獣、馬のような獣も居る。
「お、孟極が居るな」
 陽子が嬉しそうに口にしたと同時に走る獣たちの背後から一声迫力ある吼声が響いた。
 それは陽子の騎獣である黒耀のものだ。
 この動物大移動は黒耀によって追い立てられた獣たちが必死で逃げているために起こったものだ。
 陽子は水禺刀を鞘に入れたまま獣たちに向かって構える。
 いよいよ近くまで来た先頭の獣たちが反響によって足止めをくらい、次々と転がっていく。
 どこかで見た光景だなあと思いながら、転がった獣を乗り越えて陽子に向かってくる犬のような獣を鞘つき水禺刀で打ち据える。
「きゃいんっ!」
 鳴き声も犬のようだと感心しながら、次の獣も倒して力の差を見せ付ける。
 目の前の存在(陽子)が逆らってはならないものだとわからせるように。
 そうして獣たちを地に転がしていると後ろを走っていたはずの黒耀が戻ってきて、陽子の隣に着地した。

「うぉーんっ!!!!」

 その黒耀の遠吠えが鳴り響くと、未だに動こうとしていた獣たちがピタリと固まった。
「ご苦労様、黒耀」
 陽子が褒めると、強請るように首を下げ頭をすりつけてくる。先ほどまでの迫力はどこへ行ったのか。
 そうして撫でて貰って満足した黒耀は、硬直している獣たちに命じるように地面を太い足で蹴りつけた。
 再び獣たちは怯えるようにびくりっと飛び上がる。
「うわふぅっ!!」
 一声黒耀が鳴くと、獣たちは従うように地に体を伏せ、尻尾があるものは丸めて降伏の姿勢を示す。
 陽子はそれに満足し、水禺刀を腰へと戻した。
「さて、これからが本番だ」
 陽子は両手を擦り合わせ、満面の笑みを浮かべる。
 そんな陽子に妖獣たちが不穏な気配を感じたのかびくびくと怯えている。
 それでも襲い掛かってこないのは黒耀と班渠、そして陽子による「しつけ」の効き目が出ている。
「まずは……」
 一匹だけ混ざっていた孟極に近寄る。
 孟極はもともと大人しく人なつこい獣で陽子が近づいても警戒することなく陽子の顔を見上げる。
 そんな孟極の元に膝をついて、そっとその白い毛並みに手を伸ばす。
 さわさわ。
 もふもふもふっ!
「く……っ」
 陽子は感動に打ち震える。
 これだ。
 これこそが私が求めていたものっ!
 続いて隣に居た赤虎に。こちらも大人しく陽子の手を受け入れされるがままになっている。


「……ここは、天国に違いない」


 陽子はだらしなく顔を緩めて、暫く極上の毛並みを堪能した。






















わくわく妖獣ランド(笑)