仮想戯話
Ver.恭国
5
雪が国中を白く染め、寒さ厳しい日々が続いている。 新王が立ち、妖魔の襲来が無くなった恭国ではあるが急激に豊かになる訳では無い。 豊かさは積み上げていくもの。一朝一夕で成せるものでは無い。 問題は民がそれを理解してくれるのか、ということだ。 いや、民はまだいい。最大の悪因子は官吏だ。 「今年の冬も寒いですなあ」 「左様左様。主上がお立ちになったとはいえ、冬はまだまだ寒い」 「さもあらん。主上のお小ささでは国に遍く王気が巡るにも時間がかかろう」 そんなことを話ながら、官吏が笑いあっている。 王の陰口などよくあることだ。いちいち咎めることでも無い。……それが本人の耳に入っていないのならば。 ベキィッと音がして、珠晶の手にあった扇子が真っ二つになった。 「ふふふふふ、私が聞いて無いと思って好き勝手言ってくれるわ」 珠晶は、居た。 官吏たちが通っていった回廊がある庭院に。 庭木に隠れるように。 「主上。ここはお体に障ります。どうぞお戻り下さい」 その珠晶に寄り添うように陽子も居た。 心配そうに珠晶の身を案じている。雲海の上とはいえ寒さは厳しい。 「だって腹立つじゃないっ!あんなこと言われて!王気に体の大小が関係あるかって言うのよ!大きいほうが良いって言うなら王は皆、大男ばっかりよっ!」 体型と年齢はもうどうすることも出来ないことだけに珠晶の最も勘気に触れる部分だ。 「主上。私は主上は今のままで十分立派な王だと思う。小さいというのは見た目だけのこと。主上の心は大地を覆いつくすように大きく慈悲に溢れている。主上以上の王など居ない」 「……」 主上は頬を寒さだけでなく朱に染めて美辞麗句を連ねる供麟の言葉を聞いていた。 本気で言っているだけに迂闊に同意も出来ず、ただただ居た堪れない。 「何より主上はこんなに愛らしい。彼等ももっと素直になれば良いのに」 珠晶は想像した。 もし官吏たちが陽子のようになったら……悪夢でしか無い。陽子は陽子だけで良いのだ。 「いいのよ。私は陽子が居たらそれで良いのだから」 「主上……っ!」 何かよくわからないが翡翠の瞳をきらっきら輝かして珠晶を見つめてくる。 「やはり主上は誰よりも優しく慈悲深い!……抱きしめてもよろしいですか?」 「はっ!?」 抱きしめるとかよくわからないことを言い出した陽子に珠晶が目を剥く。 「ああ!私としたことが主上の優しさに甘えて、抱くなどと不遜なことを……っ!」 「ちょっ何で剣持ってんのっ!許すっ!許すから!危ないことはやめなさいっ!!」 剣を仕舞わせて珠晶は陽子に抱きついた。 「ああ……主上。何て愛らしい……愛おしい、大好きです。主上を苦しめる輩など私が始末致します」 次々出てくる悩殺ワードに珠晶の至高も止まりかけ、慌てて頭を振った。 危ない。この麒麟本当に危ない。絶対に放置できない。 『始末する』とはどういうことだ。 「始末?」 「御意」 珠晶の問いかけに陽子はにっこりと笑う。 「主上のことを理解しない輩などお傍に寄せる訳には参りません。どうぞ私にお任せ下さい」 「いやいや!……陽子、貴方はそんなことしなくていいから!私の傍に居なさい!」 好きにさせると何をし始めるかわからない。珠晶の目の届くところに居て欲しい。 「主上……」 至上の喜びだと言わんばかりに大輪の笑顔を咲かせる。 供麟である陽子から惜しみない笑顔と愛情が珠晶に降り注ぐ。 それだけで厳しい寒さも不思議と感じなくなってしまう。 どうか恭国の民たちにも同じような惜しみない慈しみが降り注ぐように。 この国を豊かにしていこうと珠晶は心に誓った。 |
陽子が一人居たら十分だな・・・