仮想戯話

Ver.巧国(陽子塙麟)

1







 これが神意であるか否か、それは私にはわからない。
 だが彼を選んだのは

 ――― 私の意志、だ。














「お、目が覚めたか?」
 一人、絶望と共に天井を見つめていた陽子は傍らから声を掛けられてびくりっと身を震わせた。
 この場に誰かが居るとは気づいていなかった。
「わりい、驚かせたな。大丈夫か?」
 視線を天井からゆっくりと声のほうへ向けると……大きな鼠が居た。
「……(ねずみ?)」
 大きな鼠が話している。被り物?
 警戒するよりも不思議でじっと見つめてしまった。
「あれ?しゃべれねえのか?あ、そうか。海客なら言葉が通じねえか、うっかりだな」
 小さな手がぺしり、と額を叩く。
 とてもリアル。作り物には到底見えない。
 ああ、私はまだ……ここに、居る。この不思議な世界に。
「だい、じょう、ぶっこほっ」
 随分口を開いてなかったせいか、話そうとすると喉が詰まった。
「無理にしゃべらなくていいって……ほら、水だ。飲めるか?」
 横たわっていた身を少しだけ持ち上げて、口元に運ばれた器に少し舌をつける。
 生ぬるい、ただの、水。
 それを陽子は無心に飲んだ。ごくり、ごくりと。
「ここは……私は、いったい」
「お前さんは家の外に倒れてたんだ。声をかけても目を覚まさねえし、仕方ねえし家に入れて寝かせたんだ。あんまり寝心地が良くねえだろ。すまねえな」
「家の外……助けて、くれたのか」
「ははは、そんな大袈裟なものじゃねえよ。偶々見つけたってだけだ」
 そのまま見捨てるという選択肢だってあったはずだ。
 少し伺った家の中の様子を見ても裕福な家では無いことは察せられた。
「私が、悪人、だったら……」
「そりゃあ、おいらの見る目が無かっただけ、だな」
 あっけらかんと鼠……男は言った。そうして立ち上がって背を向ける。
「まあ、今は寝てろ。顔色がまだ悪い」
「……。……あり、がとう」
 応えるように尻尾が揺れた。








「半獣の何が悪いんだろう?それを言うなら私だって半獣じゃないか」
 心無い言葉を耳に入れておいらの、麒麟が怒りながらも哀しそうに呟いた。
 
 半獣の王など……ろくなものでは無いな。字が読めるのか?

「字が読めないのは私のほうなのに!楽俊は私よりずっと頭が良いのにっ!」
 ついに怒り出した。
 矢鱈に行動力のあるこの麒麟はこのままでは官府に突撃しかねない。
「陽子」
 呼びかければ、びくりと身を震わせてちらりとおいらの方を向く。
 怒られるのか。捨てられるのか。
 そんな恐怖を美しい翡翠に宿している。
 そんな不安など、全く要らない心配だというのに。
 この心優しく愛おしい麒麟をどうして怒れるのか?ましてや捨てるなど。
 おいらにできるわけが無い。
「おいらは陽子がわかってくれてればそれで良い」
「でもっ」
「今すぐどうにかできるもんでもねえだろ」
 半獣や海客に対する差別はこの巧国において根深い。一度根付いたものを取り除くというのは大変だ。
 根付かせるより難しい。
「少しずつ、おいらたちの周囲から無くしていこう、な?」
「楽俊……主上」
「凄く、大変なことだと思うけどおいらたちならできるだろ?」
「っはいっ!」
 その大輪の華が咲くような笑顔があれば、きっといつか願いは叶う。








 客が訪れた。
 いや、突然に何の前触れもなく突撃する者を客と呼んで良いのならば。
「元気にしていたか?」
「よう!」
 雁国主従は元気に露台から現れた。
 果たしてそこは人が出入りする入口があっただろうか、と陽子が疑問に思う暇も無く二人はずかずかと入ってくる。
「ええ、まあ元気にしています」
「そうか、それは何よりだ」
「楽俊に苛められてないか?」
「楽俊が私を苛める訳が無い」
 速攻で返した陽子に雁国主従はにやりと笑う。
「仲が良くて何よりだ」
「はあ?」
「これ陽子に土産~」
「ありがとうございます?」
 マイペース過ぎて口を挟めない。いったい何しに来たのだろう。
 とりあえず渡された包みを受け取り、二人に椅子を勧めてみた。ついでに茶を準備する。
「塙麟手ずからとは畏れ入る」
 全然畏れ入っているとは思えないふてぶてしい態度で延王が茶杯を掲げる。
「お、上手に淹れられてるじゃん」
 延麒は行儀悪く床几の上で膝を抱えて茶杯を傾ける。
 規格外だと思っていた二人は相変わらず規格外だな、と陽子は思いながら包みを開いていく。
 延麒……六太君が持ってきた土産とはいったい。
 そう思っていると、カチャカチャと音がして……そこには陽子にとっては見慣れたものがあった。
「これは……」
「陽子、苦労してんだろうなーて思って」
「六太君……」
「筆は使いにくいのだろう?」
 延王が笑う。
「……何で」
 六太が持ってきた包みに入っていたのは、鉛筆……だった。
「まあこっちは筆が主流だからいつかは慣れないと駄目だけど、慣れないもので慣れないことするのも苦痛だからさ」
「先日、塙王が漏らしていたのだ」
 それを聞いて六太がわざわざ用意してくれたということ。
「ありがとうっございます……っ」
 溜まらず陽子はその鉛筆を抱きしめた。
 そんなとるに足らないような、ただの陽子の我侭のような願いごとを叶えようとしてくれた楽俊に。
 それを拾い上げてくれた雁国主従へ。
 心から、感謝を伝えたかった。
「こっちは慣れないことばかりだろうけどさ」
「内に仕舞わず、口に出して伝えることだ。塙王はそれを受け止める懐がある」
「はい……はいっ」

 陽子は頑張りすぎるところがあるからなあ。
 もっと肩の力抜いて良いからな。














陽子が塙麟だったらもちろん塙王は楽俊でしょう!
この二人の王と麒麟は色々な意味で最高の組み合わせな気がします。

しかし、ここで陽子を塙麟にしたら、景王を誰にするか困りますね。