仮想戯話
Ver.慶国(景麒尚隆)
景麒……景麒、景麒、妾の、妾だけの麒麟……景麒、景麒っ! 妾を、妾だけを見て。 妾を愛して……愛して、愛して……ぇっお願いぃぃ……っ! 「尚隆。何を企んでいる?」 ただ一人にだけ呼ぶことを許した名で呼びかけられ、景麒は振り返った。 そこには腕を組んで仁王立ちする景麒の主が立っていた。 「企んでいるとは酷い。俺はいつだって陽子のことしか考えていないというのに」 「……」 嘘をつけ、と言えないのが陽子の辛いところである。 本当にこの麒麟は、先ほどの言葉通り、常に陽子のことを考えている。自意識過剰ではない。 誰もが間違い無いと太鼓判を押してくれるだろう。 「陽子も漸く俺を間違いなく呼べるようになったと、嬉しく思っていたところだ」 「仕方ない。お前がしつこいから」 呼び間違える……間違えているわけでは無いが……たびに景麒はしつこく言い直すのだ。 いい加減陽子も諦めた。 「もっと呼んでくれて構わないぞ」 「呼ぶたびにお前が何か企んでいる気がしてならないからやめておく」 「それは残念だ」 残念だと言うのに、景麒は変わらず嬉しそう……というよりやに下がっている。 延王が居れば『鼻の下伸ばしてんじゃねーよっ!』と悪態をついたところだろう。 「では、代わりに俺が陽子の名を呼ぶことにしよう。なあ、陽子」 陽子は組んでいた手で腕をさすった。 名を呼ぶのは確かに慣れたが、景麒に呼ばれることは未だに慣れない。鳥肌が立つ。 普通に呼べばいいのに、猫撫で声というか……甘ったるいというか。とにかく気持ち悪い。 景麒が陽子のことを大切だというのは、理解はできないが、思い知らされてはいる。だからと言ってそれが許容できるかといえば、そこまで大きな器は持っていないと陽子は答える。 それで丁度良いと浩瀚あたりには言われている。それはつまり陽子に現状に甘んじていろ……と。 思い出して大きな溜息をついた陽子に、景麒が歩み寄り手を伸ばした。 女官たちに手入れされ艶めく赤い髪を人房手にとり、口付ける。……陽子の顔が引き攣った。 「今日も俺の陽子は美しいな」 「……。……お前は今日もおかしいな」 「仕方ない。俺はいつだって陽子に狂っているからな」 陽子は一歩下がった。その顔は心底呆れ、嫌がっている。 ……恐れの色でもあれば景麒も考えるだろうが、ただ嫌がっているだけなので調子に乗る。 「だからな、陽子。狂った俺が暴走しないように、しっかり手綱を持っておけ」 「……すでに暴走していないか?」 「まだ並足だろう?」 陽子は首を振る。 「私には荷が重い気もするが……お前の手綱を取れるのは私だけらしいし」 官吏たちにはくれぐれもくれぐれも、と縋りつかんばかりに頼み倒されている。 そういう頼みは陽子ではなく、景麒本人にやって貰いたい。 「お前は何でそんなに厄介なんだろうな、……尚隆」 しみじみ呟く陽子に、景麒は笑う。至極幸せそうに。 恋は盲目。 愛は妄執。 陽子。陽子陽子陽子。 俺だけを見ろ。俺だけに声を掛け、俺の名だけを口に乗せろ。 俺を愛せとは言わぬ。 ただ、俺はお前を…………… 愛し尽くそう。 |
厄介な麒麟です。(今さら)