仮想戯話
Ver.慶国(景麒尚隆)
顔立ちは整っていて、身長も高く野性味を感じさせる雰囲気を纏っている。 儚さなど欠片も感じさせることなく、寧ろどんな荒事からも守ってくれそうな覇気さえ感じる。 こんな男を女が放っておく訳が無い。 しかし、どこか企むような笑みは浮かべることはあっても、誰かに笑いかけることは無い。 彼の感情を動かすことは主上どころか天帝さえも難しい……そう女官たちは噂した。 それが、黒麒麟景麒尚隆。……だったはずなのだが。 景麒は笑っていた。酷く楽しそうに、嬉しそうに。 赤い髪を翻す若い武官にも見える相手と剣を交えながら、その相手を愛しそうに見つめながら。 「陽子!また強くなったな!」 「それは嫌味か……っ全然お前に敵わないじゃないか!」 「はははっ!そうそう追いつかれては俺の立場が無いだろう?」 禁軍の修練場で剣を合わせているのはこの国の最重要人物である景麒と、そしてその主である景王だ。 どこの国でも絶対に見ることは無い光景である。そもそも麒麟は剣を持たない。 しかし主のことに関してはどこまでも心が狭くなる景麒は剣の相手さえも他の誰かに任せることを厭った。 「陽子の剣の相手?俺で構わない。何故他の誰かを陽子に接近させることを許さなければならないのだ?陽子の汗の一滴、その匂い、眼差しを受けるのは俺だけで良い」 何か文句あるかと言わんばかりに景麒の主張に桓魋は顔を引き攣らせた。 一応二人の警護ということで傍についている桓魋だったが、この二人に警護が居るかは疑問だった。 それほど二人の剣技は守られる側の相手とは思えない。特に景麒には桓魋さえ敵わない。 恐らくこの二人は禁軍の誰よりも実践を経験したことがあるのでは無いだろうか……考えながら、桓魋は情けなくなってきたので思考を止めた。 「桓魋。あのお二人と己を比べてるほど愚かなことは無い。お前は自分を同じ土俵に乗る器だとでも?」 それこそ愚かだと言わんばかりの上司の言葉と視線に何も言えなかった。 そう考えている間に打ち合いを終えた二人は用意されていた椅子へと戻ってくる。そこからは禁軍の兵士たちの鍛錬の様子を眺めることが出来るようになっている。 以前には無かった場所だが、度々姿を現すようになった主従に立たせたままという訳にもいかないと急遽用意された場所だった。傍らには茶器も置かれていて、湯も女官たちによって用意されている。 その茶を煎れるのは女官では無く、王自身である。 そして景麒はその様子を眺めて悦に入っているというわけだ。……どちらが麒麟で王なのか。 「陽子の煎れる茶は美味しいな」 「私の腕というよりは、今年の白端の出来が良いんだろう。嬉しいことだ」 普通の女性なら頬を染めるところだが景麒の言葉をさらりと流してしまう。もちろん無意識である。 「収穫量も増えている様子だし、他国への出荷量も増やせそうだ」 陽子にとっては景麒の言葉よりも国のことが一番大事で、だからこそ桓魋たちも以前とは別人の如く変わり果てた景麒も気にせず……というのは無理だが静観の立場をとっている。 「延王にも今度お届けしよう」 「陽子。何故そうも陽子はあの馬鹿を気にかける?」 景麒と延王は喧嘩友達である。会うと互いを罵りあっている。 「当然だろう?延王には色々とお世話になっているのだから」 雁国、延王は陽子の最大の支援者である。 「爺の甘言に惑わされるなよ、陽子」 それとほぼ同じ台詞を延王も陽子に言っていたのを桓魋は覚えている。 「……ところで景麒。先日頼んでいた件はどうなっている?」 「陽子が世話になったという旅一座のことか。それなら慶国、巧国にも探させてみたが見つからないようだ。一所に落ち着くような者たちでもあるまいし、奏あたりにでも流れかもしれんな」 「そうか……それなら、それで仕方ないか」 失望しながらも安堵した様子に景麒も笑う。 その笑みを見ながら桓魋は、景麒の言葉を思い出した。 「陽子が巧国で会った朱民を探している」 「はあ」 それがどうしたのか。 「見つけ次第処分しろ」 「……」 「いや、見つけ次第俺に知らせろ。直々に片付ける」 「……御意」 狂気を潜ませる景麒に諫言することなど出来ない。わかっていて実行しようとしているのだから。 「陽子の心を惑わせる者は俺一人だけでいい」 どこまで景麒はいくつもりなのか。 本当に放置していて良いのだろうか……静観の立場を崩さない桓魋の上司に問いたくなってくる。 「桓魋、まだお前は己の器でしか主上を計れないようだな」 そんな不安を覗かせた桓堆に、上司は憐れみながら告げた。 「景麒……尚隆。私はお前に頼るしか出来ない。だがその全ての結果は私が受け止める……どんなものでも」 何気なく呟かれた陽子の言葉に、桓魋は凍りつき、景麒は愛しく慈しむように微笑んだ。 |