仮想戯話
Ver.慶国(景麒尚隆)
瑛州候の執務で相談があるということで呼びに来た令尹に渋々房室を出て行った景麒を見送り、陽子は客人として訪れていた延王に尋ねた。 「景麒は昔からあのようだったのですか?」 「ん?」 蒸し饅頭を口いっぱいに含んでいた延王に、陽子はそれが咀嚼されるのを待った。 見た目が見た目なので、微笑ましい気分になる。……隣国の側近たちなら盛大にクレームをつけるだろうが。 「うん、ごめん。あのようって?」 「四六時中傍に居て、隙あらば触れようとして、甘い言葉を垂れ流す」 延王の顔が珍妙に歪み……卓を叩いて笑い出した。 「ひーっくくっくくっあははっ!!」 「……延王」 腹を抱えて笑う延王は椅子から転がり落ちそうになっている。 「うんうん、陽子の言いたいことはよーくわかる!鬱陶しいしっ気持ち悪いもんな!!」 「……まあ、そうです」 さすがに陽子もそこまではっきりとは言えないが。 涙まで浮かべて笑い転げた延王は、はーっと大きく深呼吸して茶で一服する。 「景麒がどうだったか、この国の奴らに聞くほうがよくわかるんじゃ?」 「そうなのですが……皆、示し合わせたように今の私の見たままが全てだと言うので」 「うーん……それも一理あるけどなあ」 それほど以前の景麒と今の景麒は違う。まるで別人だ。いや、絶対に別人に違いない。 「そうでしょうか。どうにも納得できないのですが……どうにも、私はあの景麒の態度に虫唾が走るというか、殴ってやりたくて仕方なくなるというか……」 ここで再び収まっていた延王の笑い病が再発した。 執着する王からのあまりの言われようにもう笑うしかない。 因果応報というやつだろうと全く景麒に同情するつもりは無いが、陽子には安定した治世を敷いてもらいたい。 隣国を治める王としては当然の思いだろうし、陽子自身とも出来るだけ長く付き合っていきたいと思っている。 だからあれでも我慢しているほうだと思うぞ、というのは言わずにおこう。 我慢していなければ景麒は確実に陽子を襲っていたはずだ。間違いない。 「陽子はさ……恋ってしたことあるか?」 「え?」 いきなり話が飛んで、陽子は目を瞬かせる。 しかしじっと陽子の答えを待っているらしい延王に居心地が悪い思いをしながら思い出す。 「そうですね……あまり、そういうのは経験ありませんね」 年頃になるとやはりそういう話題が多くなり、陽子もつられて話を合わせていたこともあるが……そんな思いを抱く相手は居なかった。 「そっか〜それじゃあ仕方ないなあ」 五百年を生きている延王は、孫を見るような微笑ましい気分になり、にこにこと陽子を見る。 何が『仕方ない』のかわからない陽子は首を傾げる。 「だったら試しに俺と恋してみ……ぃっだだっ!」 「小僧、陽子に変なことを吹き込むな」 戻ってきた景麒が延王の耳を容赦なく引っ張っていた。 「ちょっ……」 「何すんだよっ!」 ぱっと耳から手を放し、延王の文句などスルーで景麒は陽子の傍にくる。 「陽子。あんな爺の戯言は気にするな」 「……景、尚隆。いくらなんでも無礼だろ」 「そうだそうだっ景麒のくせに!」 ふん、と景麒は鼻で笑う。非常に偉そうだ。 むしろこの場に居る誰が一番王様らしいかと聞かれたら十人中十人が景麒を指すだろう。 「陽子、堯天に行きたいと言っていただろう。午後からなら行けそうだがどうする?」 きらりと陽子の目が輝いた……が、しかしと延王を見る。 さすがに客人を放って出かける訳にはいかないだろう。 「大丈夫だ。客人はお帰りだ」 「は!俺はまだ帰るつも……」 「主上」 「げっ」 延王の背後に成笙が立っていた。 成笙は陽子に恭しく拱手すると簡単に挨拶を述べ…………延王を綱で拘束していた。 ぎゃーぎゃー喚いている王に気にすることなく作業は進められる。 「御前、お騒がせ致しました」 「あ、ああ……」 無常に引きずられていく延王に陽子の顔が引き攣る。 あんな扱いをされるようにはなるまいと心に誓った一瞬だった。 |