仮想戯話
Ver.慶国(景麒尚隆)
鬼の霍乱。 そうとしか言えない事態が金波宮で起こっていた。 何と景麒が倒れて寝込んだというのだ。 基本的に麒麟という存在は軟弱に出来ているというのが世間一般の認識である。 だがことこの慶国の麒麟である景麒だけはあらゆる麒麟の常識から逸脱する。 剣を振るうに躊躇いは無く、王と同じ食卓で同じ食べ物をとり、朝議では主上に逆らうものを平気で断罪する。 色々麒麟として間違っていると天帝に訴えずにはいられない麒麟なのだ。 この金波宮で誰もが死に絶えたとしてもきっと最後まで生き残っているだろう麒麟。それが景麒である。 そんな景麒が倒れたなど尋常ではない。 仁重殿は上へ下への大騒ぎとなり、浩瀚の元へもすぐに知らせが齎された。 「台輔の容態は?」 景麒を診た黄医に容態を確認した。 黄医は難しい表情で頭を振った。そんなに深刻な病状なのか……もしや失道かとひやりとする。 「それが……台輔が診察は不要と仰られまして」 「何」 「意識はしっかりなさっておいでのようなのですが」 黄医としても嫌だというものを無理矢理診ることもできず困り果てているらしい。 浩瀚も頭を抱えた。 王が居れば景麒に言って無理を通せたかもしれないが生憎不在なのだ。……そう王は不在なのだ。 二日前、陽子は奏国へと旅立った。こっそり脱走した訳では無く、公式な訪問として。 同行すると主張していた景麒を勅令で押し留めて。 勅令には逆らえなかった景麒だが、最後まで納得はしていなかった。雲海の彼方へ消えていく王の姿を最後まで見続けていた。景麒が倒れたのはその翌日。 まさか、と思う。 まさか王が居ないというそれだけで景麒は体調を崩したのか。 「台輔……これでは逆ではありませんか」 仁重殿を訪れた浩瀚の呟きに、 何をと言わなくても、予王のことだと言うのはわかるだろう。 「違うな。俺はあれより余程厄介だぞ」 「……威張って言われるようなことでは無いでしょう。主上の耳に入ればどれほど心配されることか」 「俺を置いていったのだから心配ぐらいしてもらわねば」 「台輔」 倒れてもなお鋭い眼光が浩瀚を貫いた。 「俺にとって陽子は全てだ。陽子が居なくば生きる意味さえない。陽子が俺を不要と言うのならば、俺の命を盾に共に連れて逝こう。陽子は俺の最後にして至高の王だ」 景麒の言葉はどこまでも本気だった。 「浩瀚。陽子を死ぬ気で守れ。天命を失わせるな」 浩瀚は息を呑む。反論を許さぬ警告だった。 「陽子を失った慶国を俺は許さない。陽子の存在しない国など滅んでしまえばいい」 景麒は慈悲をどこかへ捨ててきたのだろうか。 予王の隣にあった麒麟と同一人物とは思えない。 「主上は、きっとお許しにはなりません」 「陽子ならばそうだろうな。しかしこればかりは陽子の願いも聞き届けてはやれん。俺から陽子を奪うものは例え陽子といえど許す気は無い。いっそ予王のように……陽子が俺に恋着すれば話は簡単だったのだろうがな」 それでも景麒は諦める気は無いのだろう。不敵な笑みを浮かべて天井を見上げる。 何を企んでいるのかと、こちらに危惧を抱かせる麒麟など景麒だけだ。 「……心より主上にご同情申し上げる所存です」 「無駄な同情だ。俺の主の器は俺程度では零れぬさ」 この異常な執着さえ呑みこみ抱いて女王は歳月を重ねていくだろう。 狂った麒麟と共に。 奏国より戻った陽子は病床にあった景麒を見舞って、殴った。 殴られた景麒は怒り心頭の陽子を抱きしめてこの上なく幸せそうだった。 |