仮想戯話

Ver.慶国(景麒が尚隆)








 天より遣わされた麒麟が住まうのは仁重殿と呼ばれる朝廷の奥深い場所である。王が住まう内宮にあり、王とて自由に出入りすることは難しい場所だ。
 そして慶国の仁重殿は景麒が住み、長い間静謐な場所だった。
 それが何がどうして、伏魔殿と呼ばれることになったのか。その詳細については誰もが口を固く閉じている。


「陽子成分が不足している」


 突然そんなことを言い出した景麒を何言ってんだこいつ、な視線を向けながら引いたのは六太だった。
 ちょっと遊びに慶国を訪れた六太は尚隆を捕まえて慶国の現状など確認していた。堯天の街や民の様子から良い方向に進んでいることは肌で感じられた。だがこの景麒である。油断はできない。何故王よりも麒麟のほうを警戒しなければならないのか。甚だ理不尽である。現在慶国で最も危険人物(動物?)は目の前の景麒である。
「本当に、何でお前なんかが麒麟なんだろうな」
「そんなもの」
 馬鹿にしたような笑みを浮かべ六太を見る。
「陽子を俺のものにするために決まっている」
 満足そうに笑う姿が禍々しい。
「お前のものじゃねえよ。陽子は慶国の民のものだ」
「形式的にはな」
「形式的ってお前……はあ」
 こんな自分勝手な麒麟の王をしている陽子がしみじみ不憫だと思う。いや、そもそもこんな自分勝手な麒麟が居ていいのか。いい訳が無い。何かの間違いではないか。今度玄君に尋ねてみたほうがいいのでは無かろうか。天も間違いを犯さないとも限らない。
「お前こそ俺のことをどうこう言えるとでも?」
 延王のくせにふらふらと一人で慶国まで遊びにやってくる。そんな不良王が王で良いのか。
(陽子に……真似をさせないようにせねばな)
「俺はいいんだよ。あいつが居るからな」
 六太とは違い延麒はとてもしっかりしてるというか、真面目なのだ。
 卓に肘をつき、裾を絡げて足を広げている様は王には全く見えない。確かにそう意味では尚隆と良い勝負だろう。
「なら俺のような麒麟が居ても問題ないのだろう」
 むむむと六太が尚隆を睨む。
 こういう時に陽子が居ればもう少し空気が和やかになるというのに。あの初々しく真面目で心優しい少女は何処へ行ってしまったのか。王になる奴というのはどいつもこいつも癖が強すぎて付き合うのも面倒な奴らばかりだ。そんな中で陽子という存在は酷く希少だった。六太のことも延王として敬いつつも見た目の幼さからか『六太君』と呼んで慈しんでくれる。その声を思い出して……寂しくなった。
「陽子はどこに行ったんだよ」
 尚隆などに会うために慶国に来た訳では無い。
「蓬山に拐かされた」
「はあ!?」
 予想外の回答に六太が目をひん剥いた。
「なっ何で蓬山なんかに……っ」
 蓬山とは王になった者が頻繁に訪れる場所では無い。
 王が蓬山を訪れるのは登極と……登遐の時だ、最初と最後の時。
「女子会とやらをするらしい」
「……。……は?」
 何かぽかんと六太は間抜けな面を晒した。


 陽子と玄君は仲が良い、らしい。登極するに蓬山を訪れた際、そこで意気投合したのだそうだ。あの玄君と意気投合できる陽子が凄いと六太は思う。あの煮ても焼いても食えなそうなおばさん……いや神仙は何百年生きようと底が見えない。それが恐ろしい。とても近づきたいと思える存在では無い。
「なるほど、さすがのお前も玄君には文句が言えない訳が」
 さすがの景麒も蓬山の主には逆らえないということか。
「玄君などどうでも良い。陽子が楽しみにしていたから俺が許容しただけだ」
「……あ、そう」
「偶には陽子も息抜きが必要だ。長く生きるばかりの中身は爺婆な神仙だらけの金波宮では息も詰まるというものだ」
 それを言うなら蓬山こそ金波宮より余程中身がわからない存在ばかりではないだろか。まあ確かに蓬山のほうが女仙が多いせいで華やかではあるが。
「夕刻にはそれも終わるだろうから迎えに行くことになっている」
「お前が?」
「俺以外に誰が行くと?」
 陽子を乗せていいのは俺だけだと公言してやまない景麒尚隆である。騎獣にさえ嫉妬するとは心が狭いにもほどがある。
「陽子はお前なんかにも甘いよな」
「俺にだから甘いのだ」
 馬鹿めと言わんばかりにせせら笑う景麒の性格の悪いこと。今持っている茶杯を投げつけてやりたい衝動が六太を襲う。もちろんそんなことをすれば倍返しになることが容易く想像がつくので我慢するが。
「そういう訳でさっさと帰れ、邪魔だ」
「……ホント」
 隣国の大恩ある王に邪魔だなどと本当でも正面から言えるだろうか。いや事実この麒麟は言ってしまっているが。
「へいへい、陽子が居ないんなら退散するさ。お前の顔なんて見たくねえし」
「それは気が合うな。俺もそう思っていたところだ」
「っむかつく!とっとと陽子に愛想つかされてしまえ!」
「残念ながらそんな日は永遠に来ない。万一、来たとしても……」
 景麒が雲海に目をやりながらうっそりと笑む。
 こいつはその時にいったい何をやるつもりなのか。六太は鳥肌だった。
 どうかこいつの手綱をしっかりと握っていてくれと六太は蓬山に居る陽子へと切に願った。

















陽子が居ない1日な尚隆。
居ても居なくても執着が駄々漏れます。