仮想戯話
Ver.慶国(景麒尚隆)
景麒尚隆は静かな麒麟である。 否、だったと言うべきだろうか。 予王の時代、彼は非常に静かに王の傍らに控え、政に口を出すことは無かった。 官吏が私腹を肥やそうと、癒着しようと、陥れようと、王が自分に耽溺し政務に省みなくなろうと彼は静かだった。 彼は言った。 興味が無い、と。 そんな景麒が新たな王を得て、変身した。 転変したのでは無い。変身したのだ。外見はともかく中身は別人になったとしか思えない。 「浩瀚、太宰を処分する」 「は……は?」 今日は晴れているなと言わんばかりの調子で景麒に唐突に話しかけられた浩瀚は「はい」と返事をしようとして、まじまじと景麒の顔を見返した。 「あれは主上の御世に害しか与えん、さっさと処分する」 それが景麒の中では決定事項なのだ。 浩瀚に意見を聞いているのでは無い。ただ結論のみを告げている。一応冢宰なので。 「……せめて何時と伺っても?」 太宰を処分されるとなるとこちらも後任人事を決めたり引継ぎの用意をしなければならない。 「三日後」 「……御意」 突然過ぎても留めることは適わない。浩瀚にできるのは粛々と事を整えることだけだ。 「主上には何と?」 さすがに太宰の顔がいきなり変わっていたら陽子だって気づくだろう。 浩瀚だって報告しない訳にはいかない。 景麒が理由だと言ったら、絶対に景麒に腹を立てるに違いない。 「急病とでも」 「……仙が、ですか?」 寧ろどんな病にかかったのか問題になるのでは無かろうか。 「適当に」 「……。……」 景麒の中では太宰を処分することも大したことでは無い。だから興味も無い。 浩瀚に一言でも告げたのは主である陽子が困らないように動けと暗に告げているのだ。 それがわかるなら安易に処分などと言い出さないで欲しい。 しかし景麒が処分すると言った太宰の最近の行動は目に余るものがあったのも確か。以前の景麒ならばそれを知っていても何もしなかっただろう。今の景麒とてそれが陽子に害が無ければ放置していたはずだ。 ――― 三日後、太宰は急病で姿を消した。 「なあ、浩瀚」 筆で文字を書くのは難しいと文句を言いながらも主上は筆を進める。 難しいと言いながらも学ぶことを選び、前へと進む。苦難の道さえ躊躇わない。 そうしようと思うならば幾らでも楽なほう、安易な道を選べるというのに。そうすれば間違いなく、景麒はそれを許し、真綿で包むように囲いこむだろう。…………たとえそれが国の滅びを意味しようとも。 「いかがなさいましたか?」 「すまない。苦労をかける」 「は?」 いきなり謝られて浩瀚は反応できなかった。 「私は視野が広くないし、全ての官吏を見知っている訳では無い。だがさすがに太宰がいきなり居なくなって何も無いとは考えない。どうせ景麒が無茶を言ったのだろう?」 「……」 無茶と言えば無茶だろう。肯定はしにくいが。 しかし太宰について言上した折に主上は何も言わなかった。だから言葉通り受け取ったものと考えていた。 主上はちゃんと物を見る目をお持ちである。 「私は、今はまだ教わることばかりで自分の判断が正しいか信じられない。だから景麒がそれが正しいというのならばそれを覆す根拠を示すことができない。それでも」 主上は翡翠の目に強い意志の光を載せた。 「それでも私は景麒の主だ」 「……」 「それを受け入れたのは私だ」 確かにこの方は台輔の唯一の主であるのだ。 「だから景麒を止めるのも私だとわかっている」 「……」 「あいつは私を止めないだろうから。私が知らず崖淵にあっても、あいつは一緒に落ちることを選びそうだ」 「……」 確かに喜び勇んで主上と共に落ちるだろう。 死なば諸とも。いとも容易く想像できる。 「景麒を止めるのは私だ。だから私が道を間違えそうなときは遠慮なく言ってくれ。浩瀚たちの言葉をきちんと聞く耳を持っている限り私はしっかりと足を踏みしめ、景麒を止めてみせるから」 「……それはとても頼もしいお言葉です」 「ふふ」 艶やかに笑う。 仲が良い陽子と浩瀚に景麒が嫉妬するのも短くない。 |
主従揃って唐突(そんなところ似なくてもいい By浩瀚)
暗躍する景麒、そして文字通り使役されまくる使令たち。
苦労人浩瀚。