仮想戯話
Ver.慶国(景麒尚隆)
禁軍の鍛錬場で人が吹っ飛んで行った。 「……なあ、あいつは本当に麒麟なのか?」 「畏れながら、間違いなく麒麟かと。天帝に問い質したいほどに疑わしいですが」 陽子の問いに桓魋が鎮痛な面持ちで肯定した。 目の前では禁軍の兵士たちを相手に麒麟である景麒が無双している。 「お前たち、その程度の腕で主上を守るなどと嘯くつもりか。片腹痛い!」 そう高笑いながら剣を交わした兵士をふっ飛ばしているという訳だ。 有り得ない。 何が、て。もう色々とありすぎるくらいに、色々と。 「景麒は前からあれほど強いのか?」 「私がお傍に侍るようになったのは主上に召喚されてよりですから以前のことは話にしか聞いておりませんが、前王の頃は見た目はともかく、行動は麒麟らしかったと伺っております」 「……塔に登って○豆を食べたとか、か」 「は?」 「いや、こっちの話だ。どうやればあれほど強くなれるのか……」 自身も手に剣を握っている陽子は唸る。 陽子も毎日鍛錬しているが、自覚できるほどに強くなっている気は全くしない。 「主上……普通の王は剣を持ったりしませんよ」 規格外という意味ではこれほどお似合いな主従も無い。 「最後に自分の身を守るのは自分自身しかないだろ」 「……そんな危機的状況にならないように私たちが居るのですが……」 桓魋が額に手を当てる。修羅場を掻い潜ってきた陽子は独立心が旺盛だ。旺盛すぎて控えて欲しい周囲だ。 「いつ何があるかわからないだろう?禁軍が常に傍に居るとは限らないのだし」 「護衛が常に傍に居ない状況に、普通の王はならないですよ」 「……。……」 陽子はそっと視線を流した。 景麒の使令を使って金波宮をしょっちゅう飛び出しているので言い訳はできない。 いや、使令も護衛なのだから問題ないはずだ。うん、問題ない。 「陽子!」 一人頷いていた陽子に並んでいた兵士を片付けた景麒の声が掛かる。出番である。 「今日こそ……」 今の陽子では景麒の相手に全くならず、あしらわれて終わってしまう。 「……頼んだぞ、水禺刀」 陽子は己の相棒を掴んで景麒の前に歩み出る。 「景麒、今日こそ剣を使わせる」 「尚隆と」 景麒と呼ぶといつもこうして訂正してくる。いい加減しつこい。 「……これから剣を交える相手と馴れ合えるか」 「ん?俺に剣を使わせられるのか?」 にやりと挑発的に笑った景麒に陽子の蟀谷がぴくりと動く。 「吠え面かくなよ……っ」 闘志とともに煌く翡翠に、景麒はうっとり見惚れる。 「主上は……俺の陽子は美しいな」 「っいくぞっ!」 手加減など必要ない。陽子の全力でも景麒には児戯だ。 右に左にと振るう剣をあっさりとかわされながら我武者羅に突っ込んでいるようで、陽子の頭は冷静だった。 どうすれば景麒を僅かにでも慌てさせることができるか。 正攻法ではもちろん駄目、裏をかいてもあっさりと抑えられると予想できる。 予想などできない何か。それが必要だ。 「水禺刀っ!!」 陽子の声と共に水禺刀が形を変える。 手元の柄部分がすっと伸びて、刃も形を変え……三叉戟となる。 「「おおっ!」」 観戦していた周囲からも声があがった。 きんっと刃を打ち合う音が響く。 陽子の突きを景麒が剣で受け止めていた。 「どうだ?使わせたぞ」 向かい合わせで景麒に笑ってみせる。 「さすが、俺の陽子……」 目を細めた景麒は、その一瞬に剣で受けた三叉戟をからめとり、陽子を引寄せた。 「っ景麒!」 「尚隆と」 耳元で囁かれる。 「離せっ!」 「俺に剣を使わせたのだ。ご褒美をくれても良かろう?」 「っ何故お前にやらなければならないっ!普通は逆だろうっ!」 「もちろん、俺も陽子にご褒美をやろう」 景麒の手が自分を見上げる陽子の頬へそっと触れる。 ごほんっごほんっ!! ここは禁軍の演習場である。 周囲には観客(禁軍の兵士たち)が居る。 二人の世界を作り上げようとした景麒に皆が気まずそうに視線を反らしていた。 ちなみに咳払いをしたのは桓魋だ。 「っ!?」 陽子が顔を紅く染めて、景麒から飛びのく。 「……桓魋」 「いや、そんな人を殺しそうな顔せんで下さい」 景麒の極悪な視線に、何も自分も好きで外れ籤を引いたわけでは無いと桓魋は抗議した。 |
景麒(尚隆)は付け入る隙を逃しませんっ!(笑)
そしていつも貧乏籤な桓魋です。