● 女王陛下の遊興 ●
その日、金波宮はいつもと同じ穏やかな日常が流れていた。 現在、慶国では役人による不正は滅多に起こらない。 それは官吏が無私で国のために働いている、と言うだけでなく、 起こすほうが難しい。とても、難しいからだ。 何故ならば。 使令が景麒の命を受けて、色々な官府に出没するからだ。 これは官吏たちを見張っているわけでは無い。麒麟に誰かを疑い使令を張り付けるなんてことが出きるわけが無い。 景麒が使令を使ってまで見張っているのは、己の主である陽子だ。 神出鬼没でどこにでも顔を出す陽子を捕獲するべく使令は色々なところに顔を出しているのだ。 ご苦労様である。 しかしそんなこと官吏たちは知らない。いつも突然に現れ、どこに居るかもわからない使令の姿に戦々恐々としている。 「今日はどのあたりに居るんでしょうねえ……」 ある秋官府では官吏が仕事を片付けながらそんな呟きを落としていた。 そんな彼の名は飛運(ひうん)またの名を悲運、登用試験にずぶ濡れで頭突きで入室をしたという伝説を打ち立てている。 その名の通り、入官してからも悲惨な目に会い続けている。けれど運が無い訳では無い。その度に高官に顔を覚えて貰っているのだから。 もちろん陽子もその顔をしっかりと覚えている。 「このあたりじゃないか?」 「!!!!」 びくっと飛運が椅子から飛び上がった。 「しゅっしゅっしゅしゅ」 「……どこかに出発するのか?」 「主上っ!」 振り返った飛運の目ににこやかに手を上げる陽子の姿があった。 その表紙に今作業していた書簡がどさどさと音を立てて床に落ちていった。 「あああぁぁっ!!!」 飛運が頭を抱える。半日かけて整理した書簡が意味を無くした瞬間であった。 「……」 申し訳無さそうな表情を浮かべた陽子は飛運の肩に手を置いた。 「頑張れ」 「うぅぅぅぅぅぅっっ!!!」 陽子に怒ることも出来ず、飛運は呻いている。 彼がきちんと発した言葉は「主上」だけである。 「ほら、手伝うから」 あまりに憐れに感じた陽子は拾う手伝いくらいはすることにした。 紙なら楽だが、竹簡なのでかさ張って大変なことになっている。紙に移行することも考えてみたのだが意外と紙というのは長期保存に向かないため断念した。 「そそそそそっそのようなことを主上にしていただくわけにはっ!!!」 「いいから、いいから」 千年経っても真帝と呼ばれようとも陽子の庶民派は変わらない。 慌てる飛運をよそに陽子はバラバラになった竹簡を中身を確認しながら拾い上げていく。 書かれているものが漢文でも今の陽子には苦も無く読めてしまう。書くこと自体は少ないのでそちらは上達していないが。 文官たちの書く字はやはり綺麗に整っている。 「ん……?」 竹簡を拾っていた陽子の手が止まる。 「飛運、ここにあるのは 「そうですが……?」 長珂というのは秋官長である。仕事には厳しい人であるが愛妻家として有名だ。 すでに飛運も内容については確認しているため、特に問題は無いはずだ。 「ああ、内容というよりは……」 陽子は手にとった竹簡を床に立て、手刀を落とした。 すると今まで一枚だった竹簡が二枚に分かれた。 「は……?」 飛運が目を丸くする。 この二枚目の竹簡が金波宮に嵐を齎すのだが、それはまた別の話で。 『主上、お戻り下さい』 「げ、班渠。……もう見つかってしまったのか」 班渠も陽子に容赦が無い。有無を言わさず襟首を咥えると、秋官府から飛び去って言った。 |
え、続きません、よ・・・・?
飛運は赤楽30年以降の『肝試し』に登場させてオリキャラでした。