春宵
‐しゅんしょう‐

夜明け前



【ATTENTION!!】
とってもパラレルです。
陽子が高校生です。一応。でも最強です(は?)
陽子を今の設定で高校生にしてみたかったんです!
ちょっとした出来心だったんです・・・・・・

以上。







「愛想の無い子だわ」
「誰にも似てない。本当に俺の子なのか?」
「何言ってるのっ!酷いわっ!」
 家の中はいつも父と母の罵声と言い争いの声で満ちていた。
 その声を聞きながらじっと布団の中で体を小さく丸めていた。
 笑えなくてごめんなさい。似てなくてごめんなさい。
 ……生まれてきて、ごめんなさい。






 人目のつかない家の庭の隅で陽子は積み木で遊んでいた。
土遊びといきたいところだが手や服を汚せば母親に怒られる。虫を手に持てば気持ち悪いと罵られる。幼い陽子に出きるのは黙って汚れないように無機物で遊ぶことだった。
 こつん、こつんと積み木を組み上げる音だけが響く。この積み木は気紛れに父が買ってくれたものだった。

「へえ、それは犬かな?」
「っ!?」
 突然声を掛けられた陽子は体を跳ねさせた。その拍子に積み木に手が当たり崩れてしまう。
「ああっごめんよ!せっかく出来ていたのに」
 知らない大人は呆然とする陽子の視線にあわせるようにしゃがんで頭を下げる。
 誰、なのだろう。
「こんにちは。君が陽子だね」
 にこにこと笑う穏やかな男だが、知らない大人だ。
「……こんにちは」
「自己紹介がまだだったね。私は螺架(らか)。陽子の親戚になるよ」
「しんせき?」
 『しんせき』というものが何を示すのかこの時の陽子にはまだわからなかった。
「お父さんとお母さんの知り合いだよ。よろしくね」
 大きな手が差し出されたが陽子はそれをじっと見つめることしか出来なかった。
 それが初めての出会い。

 そして大きな転機だった。

 その螺架(らか)と名乗った男との出会いから陽子の生活は大きく動き出す。両親はいつも以上によくわからなかったし、男は度々家を訪れては陽子と何でもない話をする。そして両親の嫌がる陽子の赤い髪を優しく撫でて帰っていくのだ。その手はとても優しくて、初めて触れられた時は驚いてしまったけれど。その優しさが陽子の凍り付いていた何かを温めてくれた。
「陽子はきっと美人になるね。笑うととっても可愛いよ」
「……」
 言われたことのない言葉の数々に陽子はどう反応していいかわからない。それでも陽子は徐々に螺架(らか)という存在を認知するようになった。

 そんなある日、家の前で螺架(らか)が黒い大きな車から降りてきたのを陽子は見た。その時の螺架(らか)はびしっとスーツを身に纏って近寄りがたい雰囲気だった。知っている人なのに知らない人のようで。陽子はそっと姿を隠すのだった。
「陽子。こんな所に居たのかい」
「……」
 しかし螺架(らか)にはすぐに見つかってしまった。幼い子供の浅知恵など通じるはずも無い。
「どうしたの?」
 どうしたのか陽子もわからない。俯いてしまう。
 その俯いた頭にいつもと変わらない優しい手がぽんぽんと触れた。
「今日は陽子を迎えに来たのだよ」
「むかえ……?」
 ぽかんと陽子が螺架(らか)を見上げる。螺架(らか)は変わらずにこにこ穏やかに笑顔を浮かべていた。
「そう。私と一緒に私の家に行こう。いや、帰ろうか」
「いえ……かえる?」
 何故陽子も螺架(らか)の家に帰るのか。
 疑問が次々と浮かんでくるも螺架(らか)に促されて陽子は玄関へと足を向けた。
 そこに立っていたのは、陽子の父と母。怖い顔をしている。
 彼等は陽子と螺架(らか)を見ても何も口にしない。
 何か言わなければ。
 そう思って口を開けようとした陽子だったが、二人の目を見て何も言わずに口を閉じた。
 暗い目は、さっさと行けと陽子に告げていた。





 陽子と螺架(らか)を載せた黒い車は快適そのものだったが、陽子は固い表情を崩さなかった。
「さあ到着だ」
 そんな陽子に今まで話しかけることのなかった螺架(らか)が口を開いた。
「とうちゃく……」
 外から車のドアが開かれる。
「ありが、とうございます」
 開けてくれた人に対して律儀に礼を言う陽子に空けた運転手も螺架(らか)も微笑む。
「陽子。おいで」
 螺架(らか)の後ろを陽子が小さな足でついて行く。
 大きな……陽子が見上げて両腕を広げてもまだ大きい玄関の扉。それを玄関と呼んでいいのかもわからない。
 その扉が開いて中に入るとお帰りなさいませと声が掛けられる。
 それに首を傾げてただいまと応えた陽子は首をぐるりと回した。見上げた天井はどこまでも高くて、明るくて広い室内はまるでホテルのように整えられている。
 広い玄関ホールの奥には二回へと続く螺旋階段がある。

「陽子、部屋に案内するよ」
 陽子をここへ連れて来た螺架(らか)が横から声を掛けてきた。
「今日からここが陽子の家だからね」
「……」
 陽子が目をぱちぱちと瞬かせる。
 本気なのだろうか。幼い陽子はよくわからない。
 ただあの家から出ることが出来てほっとした。陽子が居なければ父も母も喧嘩をすることも無いだろうから。
「陽子の部屋は二階に用意したよ。必要なものは揃えたつもりだけど足りないものがあったら言うんだよ」
 陽子は頷く。
 自分の部屋がある。ここに居てもいいのだと言うこと。
 ふわふわの絨毯の上を螺架(らか)に手を引いて貰いながら歩く。彼の手は温かくて大きくて陽子の手をすっぽりと包んでしまっている。優しい手。陽子の歩幅にあわせてゆっくりと歩いている。
「今日は疲れただろうから夕食まで部屋でゆっくりするといいよ。家の中のことはまた案内するからね」
「はい」
「さあ、ここだ」
 螺架(らか)が扉を開いた先にあったのは、おとぎ話に出てくるような広い部屋だった。
「隣に寝室があって、反対がバスルームとトイレがある。バスルームを使うときは誰かに声を掛けるんだよ。陽子が一人だと危ないからね」
「……。」
 陽子の目がぱちぱちと瞬く。家の中にまた家がある……幼い陽子がそう思うほどに部屋は広かった。
「どうかな?気に入ってくれた?」
 薄いグリーンと柔らかなベージュで統一された室内は本当に陽子が一人で使っていいものなのか。
「ここ、私のへや?」
「そうだよ。何か気に入らなかった?女の子だから最初はピンク色にしようと思ったんだけど、女の子だからって皆が皆ピンクが好きなわけじゃないって言われてね。陽子の目の色と同じ緑色にしたんだ。ピンク色が良かった?」
 陽子は首を振る。
 ピンク色は好きじゃない。自分にはずっと似合わないと思っていたから。
「ちょっと座ってお茶にしようか」
 手を引かれて部屋の中央にあったソファに抱き上げられる。隣に螺架(らか)が座った。
 お茶は白い服を着た人が用意していた。
「あのひとは……だれ?」
 もしかして螺架(らか)の奥さんなのだろうか。
「ん?うちで雇っているメイド……私や陽子の身の回りの手伝いをしてくれる人だよ。何か困ったことがあると相談するといい。ああそうだ。執事の遠甫も紹介しておこうね」
 螺架(らか)が『メイド』という人に何かを告げると部屋を出て行く。それに入れ替わるように年配の男が現れた。
「遠甫、この子が陽子だ。今日からよろしく頼むよ」
「それはそれは。私は中嶋家の執事をしております遠甫と申します。どうぞよろしくお願いいたします、陽子様」
「陽子、です。よろしくおねがいします。えんほ、さん」
「いえいえ私に「さん」はいりません。遠甫とお呼びください。もしくは「じい」とでも」
「じい……」
「はい」
 じいと陽子から呼ばれた遠甫はくしゃりと顔を笑顔にして頷いた。
「ちょっと遠甫ばかりずるくないかい。陽子、私のことは『ぱぱ』と呼んでね」
「……」
「えっ駄目なのかいっ!?」
 うまく応えられずにいる陽子に螺架(らか)は衝撃を受け頭を抱える。
「旦那様、幼い子供に無理強いはよろしくありませんぞ」
「そうは言うけどね……」
「……ぱぱ、て」
「ん?」
「ぱぱ、て何です、か?」
「「……ああ」」
 何か深く二人は納得したらしい。
「陽子はお父さん、てわかるよね?」
 頷く。
「パパと言うのはお父さんって言うことだよ」
「お父、さん……」
 陽子の「お父さん」は目の前の螺架(らか)では無い。無かったはずだ。よくわからない。混乱する。
「陽子、陽子」
 螺架(らか)は陽子の前に膝をついて顔を覗き込む。
「今日から、始まりなんだよ」
「はじまり……」
「私と陽子の新しい家族のはじまりだよ。今日から私が陽子のお父さん。そして陽子が私の娘、子供なんだよ」
「……」
 螺架(らか)はゆっくりと話していく。
「突然のことで陽子は私のことをまだ何も知らない。だからこれから私のことを知っていって欲しい。私にも陽子のことを教えて欲しい。少しずつ家族になっていこう。よろしくね、陽子」
 大きな螺架(らか)の手が陽子の前に差し出される。
 その手は陽子をここへと優しく導いてくれた。傷つけない手だ。
 大丈夫だろうか?大人はそんな陽子の不安をなだめるように微笑んでいる。大丈夫だよとでも言うように。
 だから。
「……。……はい……おとう、さん」
 勇気を出して、そっとその手に触れた。


 そうして、この日から陽子は『中嶋陽子」になった。















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春宵、陽子の過去ですね。