■ 玉樹後庭花 ■
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天官長が主上の寵姫となり、後宮に入る―――― その知らせは一瞬のうちに金波宮を席巻した。 「凄まじい噂の伝達速度だな。良い統計がとれたんじゃないか?」 陽子は澄ました顔で傍らに立っている己の冢宰に曲者な笑いを向けた。 「御意。各府によって多少の伝達速度の違いもあることが確認できました」 「相変わらず抜かりが無いな」 お前も悪よのう、とどこかのお代官様のようなことを陽子は口にした。 女官がなかなか辞めない。その原因は陽子が男前過ぎるからだ。ならば大公をと。 しかし相手が居ない。ならばいっそのこと寵姫でも良いのでは。 いやいや、それでは血の雨が降るのでは。いやいやいや。相手が誰もが納得する相手ならば。 そうして白羽の矢が突き刺さったのは天官長祥瓊である。 その場に居たために貧乏くじを引いたとも言われるが。もらい事故のようなものだ。 しかし天官府のトップでもある祥瓊は陽子が登極した当初からの付き合いであり、才色兼備としても知れ渡っている。仕事ができる誰もが尊敬する天官長の後宮入りにさすがの女たちも認めざるおえなかったとか。 寧ろ認めないでいいわよ、とは祥瓊だ。 「祥瓊は友人ではあるが、今までそんな目で見たことは無かった」 「当たり前でしょ」 何言ってんのと冷めた視線を突き刺す。浩瀚の隣に立っている祥瓊だ。 「いや、対象にできないと言っているわけじゃないんだ」 「は?」 「祥瓊を寵姫にと言われ私もよく考えてみた」 「……」 考えてしまうところが陽子だなと浩瀚も祥瓊も内心思ったが口には出さなかった。 「祥瓊は私が何もわかっていなかった頃から何が悪いのかを呆れることなく注意してくれたし、そのために必要なことを示してくれた。時には一緒になって戦いの場に出てくれた。それがどれほど心強かったか。私の足りないところを補ってくれた。それはきっと私が気づいていない細かいところでもあったのだろう。私を信じて時には尻を叩いて、挫けそうなときには共に立ち止まり、手を引いてくれた。祥瓊は強く、そしてとても優しい」 陽子に自覚は無いのだろうがとんでもない殺し文句の羅列にさすがの祥瓊の頬も薄く染まっている。 これ以上続けられると「私のライフはもうゼロよっ!」状態になる恐れがある。 「私と祥瓊の関係はもう友人の枠を超えているのでは無いか、と考えた」 「超えてないわよっ!?」 「私は祥瓊ならばきっと―――― 」 愛せる。 「っ!!!!!!!」 二人っきりならばまだしもここには浩瀚も居る。 悶絶する祥瓊の隣で浩瀚は温い微笑を浮かべていた。 「ちょっと待って陽子!私は天官長だからっその……っ寵姫とか無理でしょう!?」 祥瓊に天官長を辞める気は全く無い。 「それならば問題ない」 「そう、問題な……え?」 「秋官府に過去も遡って、各府第の長が王の寵愛を受けたことが無いかを調べて貰った。するとやはり過去にもそういうことがあったらしい。その時の相手は大宗伯であったようだが、職務はそのままで後宮に入り王の寵愛を受けていたようだ。だから祥瓊も住居は後宮に移してもらうことになるとは思うが、太宰として今まで通り働いてくれて構わない。いや、そうして貰わなくては私が困る」 「……、……」 いつ調べたのか。誰がそんなくだらないことを調べたのか。 色々と言いたいことはあったが祥瓊は何も言わず口を一、二度開閉させて……陽子を見つめた。 「陽子、貴方一番大事なことを忘れてるわ」 「一番大事なこと?」 「……私の気持ちよ」 陽子は目を瞬いた。祥瓊の隣の浩瀚も不思議そうな表情を浮かべた。 「え?祥瓊は私が嫌いなのか?……そうなのか」 見るからに陽子が意気消沈する。 「ちっ違うわよっ!別に嫌いじゃないわよっ」 「そうか。良かった……祥瓊に嫌われているなど、辛すぎる」 「……っ!」 祥瓊は絶句し、顔を覆った。耳まで赤い。 他人事で二人を見守っていた浩瀚は勝負あったなと温い笑みを浮かべたまま、さてこれからどうするかと思案するのだった。 |
たぶん誰も今まで見たことが無い(私は無い)陽子×祥瓊・・・