■ 劉來の里帰り ■







 劉來は元を辿れば巧国の人間である。
 巧国の治世が末期の頃、荒民となって奏国に渡った。その頃はあまりに幼く記憶もほぼ無い。
 気づけば奏国の最下層で酷使されていた。

 それが何故慶国の官吏になっているのかと言えばそこには複雑怪奇な事情がある。
 その事情を話すのは長くなるので割愛するとして、劉來は奏国へ行くことになった。幼い頃から過ごした国だから里帰りと言えるかもしれない。
 奏国は十二国の中でも栄えている国の一つと言っていい。その国へ行くことは誰しもが憧れる。
「面倒くさい……」
 しかし劉來はただただ面倒そうに呟くのだった。
「交換留学って何だそれ。意味がわからねー」
 劉來の上司である真がある日突然に言い出したのだ。いやいつも突然なのだけれど。別に今回だけでは無いけれど。いい加減にしろと叫びたいが叫んでも無駄なことがある。理不尽の権化。それが劉來の上司である。
 奏国の夏官府に行って参考になる制度や方法を学び、盗んで来い。というのがお題目だが。あの真がそれだけで奏国までわざわざ劉來を行かせるとは思えない。何しろそのぶん事務作業が溜まるのだから。
「はっまさか……俺が帰るまで放置するつもりか!?」
「強く生きろ、劉來」
 同僚である明鎮が肩を叩く。劉來が奏国に旅立つ前に呑み会が開かれているのだ。
「他人事だなっ」
「他人事だからな」
 花を愛でることに命をかける男は花盗人を懲らしめるために夏官府を希望したというおかしな奴だ。一見優男なのに剣の腕は同期の中でも一、二を争う。悔しいが劉來よりも強い。
「良いじゃないか。奏国だろ、美しい花の季節だ」
「年中お前にとって花の季節だろ」
「その国にはその国に相応しい花の美しさがある」
 うんうんと大きく頷いている。別に酔っているわけではなく明鎮はこれで通常だ。だから妙珍なんて呼ばれたりするのだ。
「はあ……どうせならお前が行けばいいのに」
 あくまで憂鬱そうな劉來に明鎮は首を傾げる。
「何故それほど憂う?」
「……慶を離れるのが嫌んだんだよ」
 正確に景王の、陽子の傍をなのだが。
 今だって別に傍に居られる訳じゃない。遠めに見かけることさえ稀なことだ。だがここに居る限り機会はある。陽子が気紛れに劉來を尋ねてくることもある。本当は咎めなければならないが、劉來にとって嬉しいことだ。しかし奏国に行ってしまえばそれらは皆無になる。
「お前風に言うなら慶国でしか咲かない花が見られなくなることがな」
「ほぅ……」
 切れ長な明鎮の目が細められ意味ありげに劉來を見る。
「劉來にも春が到来か」
「どうだかな」
 劉來は己の諦めの悪さに我ながら始末に終えないと思うが、ここまで来たら意地だ。長期戦だって覚悟している。
 塵ほどの可能性にだって縋ってみせる。






 奏国までの旅路は快適だった。何しろ空行師から一騎騎獣を借り受けることが出来たので。これは破格の扱いであるが上層部の本気度が伺われて劉來にとって心臓に悪い。
 そして奏国の禁門で待ち構えていたのは劉來の天敵とも言える人物だった。
「何であんたが居るんだよ」
 心底嫌そうな劉來の言いように男は気にした風もなく笑っている。
「久しぶりだね。劉來が来ると聞いたものだから顔が見たくなったんだ」
「……はあ」
 幼い頃の劉來を知っている相手というのはやりにくい。
「もっと喜んでくれていいよ」
「誰が」
 利広は劉來の反応を楽しんでいた。
 本当に性格が悪い男だ。
 奏国に到着した早々劉來は慶国へ帰りたくなるのだった。








劉來(りゅうらい)・・・夏官府に配属されて何年か経って、て頃かな。