● 女王陛下のお気に入り ●







「陽子ーっ、遊びに来た!」
 それは、いつものごとく隣国の麒麟六太の登場によって幕を開けた。




「やぁ、六太君。お元気そうで何より」
「陽子もな!・・・て言いたいところだけど」
 景麒と浩瀚に挟まれて書類に目を通している陽子は、六太の言葉に苦笑した。
「うん、ご覧の通り・・・二人に苛められているところだ」
「主上」
「苛めているとは・・・お言葉ですね」
 景麒は仏頂面を顰め、浩瀚は苦笑した。
「・・・忙しそうだな、邪魔だった?」
「いいえ、とんでもない。・・・浩瀚、その書類はもういいよな」
「はい・・まぁ今日はこのあたりでよろしいでしょう」
 含みある言い方ながらも、浩瀚は陽子の休憩を認めて拱手すると、堂室を退出していった。
「さてと、お茶にでもしませんか?」
「うんっ!」
 異議無し、と六太が庭院に出て行く陽子に続く。
「お前は、どうする?」
 陽子は堂室を振り返り、景麒に尋ねた。
 どうも六太のことを苦手に思っているらしい景麒だが、同じ部屋に居るのだからと誘ってみた。
 陽子の予想としては、半々だったが・・・
「・・・同席させていただきます」
 景麒は、不承不承に頷いた。
 そんなに嫌なら断ればいいのに、と陽子などは思うが、ここで引き下がっては麒麟のなおれ。敵(六太)に背を
向けるわけにはいかない、というのが景麒の心情だった。
 そんなこととは露知らず、珍しいことだと陽子は思いつつ、気配を察した女官たちにより用意された庭院に置かれた卓を三人で囲んだ。
「今日は、延王は一緒ではないんだ」
「いつも一緒じゃないんだって。半月ふらふらしてたからな、今頃朱衡たちの監視のもと、政務に精出してるはずだ」
 ざまぁみろ、と言わんばかりの六太の言葉だ。
 その半月の間、しわ寄せが全て六太のところにいっていたのだろう。
「六太君は優しいから」
「へ?」
「うちなんか、私がふらついて政務が溜まっても絶対景麒は手伝ってくれないからな。『これは主上の仕事ですから』
て言って、律儀に溜めるんだ」
「当然です」
 景麒は仏頂面で頷く。
「ほら、これだ。本当、延王が羨ましい」
「・・・・嬉しいような悲しいような、別に俺だって好きであいつの仕事やってるわけじゃないんだけど・・・?」
「うん、だけど溜めると誰かが困る。だから六太君はしぶしぶでもやってるわけだ。そこがとても優しい」
「・・・・・・・・・」
 包み込むような微笑に、六太は柄にも無く照れた。その姿にますます微笑が深まる。二人の間に桃色の空気が
漂うのが見えた。そんな和気藹々した二人の姿にむっとしたのは景麒だった。
「なるほど、主上がどのように私を『極悪非道』の麒麟だと思っているかよくわかりました」
「そこまでは言ってない。だけど、私がそう思うのも仕方ないと思わないか?」
「何故です?」
「私の記憶にある限り、私はお前に優しくしてもらった覚えは一度も無いからだ」
 きっぱりと言った陽子はどうだ、とばかりに胸を張り、対して言われて景麒は絶句した。
「麒麟というのは慈悲の生き物だって言うけどな、お前が慈悲の生き物だって言うなら、班渠や冗裕なんかのほうが
余程、慈悲に満ち溢れていると思うな」
 景麒の能面にぴしり、と亀裂が入るような音がした。
「あはは、陽子、お前も言うようになったな〜」
「これでも三十年王様稼業をやらされてるからね、いい加減慣れるというものだ。でもまだまだ延王には遠く及ばない
けれど・・・」
 六太がぱたぱたと手を振った。
「あーんな奴に及ばなくったっていーんだって!むしろ、及ぶな!陽子は今のままがいい。俺に言わせりゃ、陽子だってすっげー優しいと思うぜ?」
 にかっと笑った六太に、陽子は目を丸くした。
「優しい?私が?」
「うん。俺たちが突然やって来たって嫌な顔なんか全然しないだろ」
「もちろん、嬉しいから」
 当然だ、と陽子は頷く。
「それに、逃げ出してきたのを匿ってくれる!」
「それは・・・ちょっと良心が痛むな。朱衡たちに恨まれていそうだ」
 雁に行く度にその主従に振り回されて苦労しているらしい様子を見ると、不憫で仕方ない。
「どっちかっていうと、申し訳ないって思ってるみたいだぞ?いつも迷惑をかけるな、てお説教されるからな」
「迷惑だなんてとんでも無い。六太君ならいつだって大歓迎する」
 だから私が逃げたときもよろしく、と二人は共犯者の笑みを口にのぼらせて頷きあう。

 そして景麒の怒りは頂点に達しようとしていた。
 どこの世界に、目の前で自分の主が他国の麒麟と仲睦まじくしているのを見て、平然とできる麒麟が居ようか。
 いつだってどこだって、自分の主が一番!な麒麟にとって、主にとっての自分も唯一の麒麟であるべく特別に思っていて欲しいのだ・・・・景麒に自覚があるかは別として。

「主上っ!」
「うわっ、何だお前・・・急に大声出して驚くだろうが・・・」
「いったい主上は、政務と延台輔のどちらが大事なのですか!?」
「え、そんなの六太君に決まっているじゃないか」
 悩む間も無い返答だった。尋ねた景麒も傍でにやにやしていた六太も絶句する。
「もしどちらかしか選べないなら、私は迷わず六太君を選ぶ。だって六太君は友達だ。仕事のために友人を切り
捨てられる人間なんて私なら嫌だ。そんな人間に王になって欲しくは無い」
 だから六太を選ぶのだ、と言ってのけた陽子の顔には清清しい笑いが浮んでいる。
「しゅ・・・」
「陽子っ!!」

 六太が陽子に抱きついていた。

「俺、陽子のことすっげー好きだ!今からでも俺の王様になってくれ!」
「ありがとう、六太君。私も六太君のこと好きだよ・・・さすがに、延王になりかわるわけにはいかないけれど」
 何だかプロポーズされてるみたいだと、陽子はのほほんと暢気に笑う。
「延台輔、生憎主上は、この慶国の主です。雁の王は別にいらっしゃるでしょう」
「あー、あんなのさっさと譲位させればいいんだって!」
「主上・・・このようなことを口にする麒麟のどこがどう『優しい』のですか?」
「全く、お前は堅物だな。ちょっとした冗談じゃないか」
「・・・・・・・・」
 笑いながらも六太の目は限りなく本気に見えたが・・・・?
「大体、お前贅沢だぞ、陽子が主なんてすっげー幸せじゃねぇか。俺なんか尚隆だぞ、尚隆。あんなおっさんに頭下げないといけないなんて、不幸すぎるだろ」
「その延王を選んだのは、延台輔ですから」
 自業自得と言いたいらしい。
「天命なんて糞食らえっだ!」
 余程鬱屈が溜まっているらしい。
「仕方ないよ、麒麟とはそういうものらしいし・・・私だって景麒に『こんな主は願い下げだ』なんて会っていきなりそんなこと言われたし、ね」
「はぁ!?何だ、それ」
「・・・・・・」
 そのことに関しては、自分でも居たたまれなく思っているのか、景麒が微妙に視線を逸らす。
「わからないでも無いけど・・・また、女王だったってがっかりしたんだろうし」
「だからって、まだ何もわからない奴にそんなこと言うか!?・・・だから、こいつを一人であっちに送り出すのは嫌だったんだよな・・・すまないな、陽子。俺がもうちょっとこいつに言い含めてれば良かったのに」
「もう済んだことだし、六太君の責任じゃないから、そう気にしないで欲しい」
「はぁ、もう本当・・・陽子は優しいよな、景麒にかわって麒麟にしたいくらいだ。もし景麒が尚隆にそんな台詞を言ったら鼻で笑って出直して来い、て言われるのがオチだぜ」
「私の主は延王ではございませんので」
「だーかーらっ!お前は陽子にいくら感謝してもしたりないっつーの!」
 わかったか、と外見は景麒より年下でも中身は遥かに年上の延麒に言われて、どこまでも素直になれない景麒はついっと顔を逸らす。それをまた、延麒が『くぁっ可愛くねーっ』と追いかける。
 どうも六太のことが苦手らしい、景麒のいつになく子供っぽい様子に、つい陽子はくすりと笑いを漏らした。
「俺が陽子の麒麟だったらなー、こうやってずっと傍に居て離れないのにな〜、執務もわからないところがあったら一緒に勉強するし、遊びに出たいって言うなら手伝うし・・・」
「そんなに甘やかされたらきっと、私は自分で立てなくなる」
「大丈夫。だって陽子だもん」
 六太は自分の主である尚隆より、余程陽子のことを信頼している。
 陽子ならば、絶対に自分を『置いて』いったりはしない、と信じることが出来るからだ。五百年を共にした主よりも、ほんの30年ばかりの付き合いの陽子のほうを信じることが出来るというのも何やら不思議な気が六太自身もするが、それこそが陽子以外誰も持ち得ない特質なのだ。
 先ほどは冗談ですましたが、本当に自分の主が陽子だったら、と思わないでも無い。
 しかし、どれほど請い願おうともそれは叶わぬ望み。ならば、出来るだけ長く傍で生きて、そばに在りたい。
 この朱と翡翠の女王の傍に・・・。
「・・ありがとう、六太君」
 照れた表情で笑いかける陽子に、再び六太が抱きつこうとして・・・・

「ぐえっ」

「景麒!」
 何と景麒が、六太の金色の髪を背後から掴んでいた。
「延台輔、親しき仲にも礼儀あり、と申します。そのように主上に付き纏われてはあらぬ誤解の元になりましょう」
「いや、お前・・・他国の麒麟の後ろ髪を掴むのもかなりの問題だと思うが・・・」
「いてーって!お前なぁ・・ったく、イッちょ前に嫉妬しやがって・・・」
 禿げるっ、と頭を撫でつつ六太はぶつぶつ呟く。
「嫉妬・・?」
「延台輔!・・・主上、そろそろ休憩は終りにしていただきませんと・・っ」
「お前、何を慌てている。変な奴だな」
「へん・・っ!?」
 目を白黒させる景麒に、六太はたまらず腹を抱える。
 全く、この女王は愛さずにはいられない鈍い感性だ・・・特に自分に向けられるものに関しては。
「六太君?」
「延台輔っ!!!」
「わ、わりー・・わり・・っく・・くく・・・・あははははっ!!」

 耐え切れなくなった六太の笑い声は金波宮中に響き渡ったのだった。

 









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100万HIT、キラ様のリクエストでした♪
リクエストありがとうございましたっ!
去年からずっっと少しずつ書いていたんですが
漸く完成・・・・・し、使令が出せませんでした(涙)
す、すみませんっっっ