■ とらぬ狸の皮算用 ■
黒耀に乗って禁門に現れた陽子を出迎えたのは、禁軍の衛士でも無く大行人でも無かった。 秋官長である朱衡、地官長である帷湍、そして禁軍左軍将軍成笙という豪華トリオだった。 公式な王の出迎えというのならばその豪華さもさほど目を剥くほどのものではなかっただろうが、あくまで陽子の訪問は非公式だ。 「いつになく仰々しい出迎えだな」 黒耀から下りて苦笑しながら陽子は三人に拱手された。 「申し訳ございません。・・・少々お時間をいただけないかと思いまして」 「三人とも同じ用件でか?」 帷湍と成笙も重々しく頷く。 「三人に揃われては断れぬだろう」 だいたい用件に察しはついた。そろそろ来るころだろうと思っていたのだ。 陽子は慣れた様子で、玄英宮の中へ歩き出した。 堅苦しいことが嫌いな陽子のために、給仕は全て朱衡が全てしてしまう。秋官官吏の首長でもあるというのにとても手馴れていた。 「私だけ座っているのも妙な気分がするから、三人にも座ってもらいたいな」 「いえ、このままで」 いい加減陽子の身分など全くお構いなしな態度にも慣れて貰いたいものだが、三官吏はあくまで王と官吏の立場を逸脱しない。仕方ないな、と陽子もそれ以上強制しようとはしなかった。 「では、単刀直入にいこう」 言いたいことがあるならばどうぞ、と微笑を浮かべて陽子は促した。 三人はそれに互いに目配せした後、朱衡が頷き徐に切り出した。 「うちの主上とのことですが・・・」 ああ、やはりと陽子は内心で納得する。 「聡明なる陽子様が、如何してうちの主上などを選ばれたのかまさに十二国の最大の謎と申し上げても過ぎることは無いと存じ上げますが・・・」 同感、とばかりに成笙も帷湍も頷いている姿に陽子は苦笑する。 「うちの主上に手を出すのはやめてくれ、と言うのじゃないのか?」 「とんでも無い!・・・いえ、寧ろその台詞は金波宮の方々のものでしょう。うちとしては是非ともそのまま陽子様に手綱をとっていただきたい思いで溢れかえっております」 「その程度で手綱をとらせてくれる人とは思えないが・・・」 素直なのか素直ではないのか。本気なのか本気ではないのか。未だに掴みかねている。 「陽子様ならば間違いありません。・・・しかしうちの主上などで本当に宜しいのですか?陽子様ならばもっとふさわしい方がいらっしゃるでしょうに。不誠実といい加減の塊のような我が主上が、いつ陽子様の不興を買うかと夜も眠れぬ思いです」 そこまで言うか。 「恋に溺れるほど若くなく、愛に縋るほど純粋でもない。お互いに・・・延王は、本気で私の怒りに触れるようなことはしないだろう。したとしても、きっとそれは絶対に私に気づかせないようにするだろうし、それが延王の誠実だというのならば、私は否やを言うことは出来ない。逆に私は延王を第一にするつもりも無いし、その犠牲が必要とあらばあっさりとこの手を離す。私たちはその程度の関係だ。・・・だからお前たちが気に病むことは無い」 延王が隣国の女王に溺れることはない。道を踏み外す真似はさせないと宣言する。 「陽子様」 「主上が、陽子様を第一に考えているならば如何されます?」 珍しい成笙の問いかけに、僅かに瞠目した。 陽子は顎に手をあて、考えた後・・・にこりと笑う。 「一発殴って目を覚ませと言う」 「「「・・・・・・。・・・・・・」」」 本気で陽子は実行に移しそうだった。 「それで駄目だったらもう一発殴る」 「陽子様の御手に煩わせるような真似は致しません!私が殴ります!」 帷湍が拳を握りしめる。こちらも本気でやりそうだ。 この雁国・・・玄英宮ではたとえ王を虐げても不敬とは謗られず、逆に褒め称えられるだろう。 「何年生きても・・・男というのは愚かなものでございます」 興奮する帷湍を押し留めて朱衡はため息まじりに吐き出した。 その数日後、陽子は六太から延王が関係のあった女性の下をまわっていると聞いて怒鳴り込むのだった。 |