■ そー・すいーと 2 ■
「よしっ!」 陽子は気合を入れた。 百年以上の時が過ぎても、出来ないことはある。 祥瓊も鈴も決して陽子に料理をさせようとはしなかった。 特に不器用と言うわけでは無いのに何故か料理にだけは壊滅的に適性が無い。それが陽子だった。 お茶は誰よりも美味しくいれる自信があるのに、と呟いても無理なものは無理と二人は決して陽子に料理はさせなかった。おかげで遠甫の房室は爆発することなく今も平穏を保っている。 しかし、陽子は決意した。 決意してしまったのだ。己のみで菓子を作ることを。 何故そんな無謀なことをしようとしたのか。 誰も止めなかったのか。 それは、止める者が誰も居なかったからだ。 不幸なことに祥瓊も鈴も所用で金波宮を出ていた。 こんなこと年に一度もない。不幸は重なるものなのだ。 「さてと、まずは準備からだな」 材料は揃っている。 あとは分量を間違いなく正確に計ることだ。 菓子作りのはとても重要なことである。 「しかし、よくわからないな……何とかなるか」 その恐ろしい陽子の呟きを聞いた者が誰も居なかった。 陽子は用意してもらっていたチョコレートを鍋に放り込んだ。 「まずは溶かさないといけないんだよな」 火をつけて、じっと待つ。 待つ。 ・・・待つ。 じーと待つ。 鍋から煙が出始めた。 「ん?溶けてきたか?」 陽子に一切の疑問は無かった。 何故疑問に思わないのか疑問に思うほど躊躇いが無かった。 普通出てくるのは煙では無く湯気だろう。 「もうちょっと溶かしておいたほうが良いかな。そうだ、匂いつけに持ってきたお酒を入れないといけなかったな」 それは桓魋のところからちょろまかしてきた品である。 陽子は酒の旨い不味いは良くわからない。酒が好きな桓魋が持っているものなら問題は無いだろうという理論だ。 鍋がグツグツと泡立っている。 匂いはともかく、その光景は絶対にチョコレートを作っているようには見えない。 「このくらいでいいな。後は型に入れて冷ませば出来上がり……かな」 陽子はチョコレート、と思しきものを型に流しいれ一仕事終えたと満足げに汗をぬぐった。 問題はそれを食べさせられる相手である。 陽子は出来上がったチョコレートを丁寧に包装すると、黒耀の背にあった。 どこに行くのか想像できるだろう。・・・・・・そう、雁国だ。 陽子は関弓の馴染みの妓楼に顔を出した。 「ようこそいらっしゃいませ朱嬰様」 「ああ。風漢は?」 「お待ちでいらっしゃいますよ」 家公に出迎えられた陽子は風漢が待つという場所に案内される。 相変わらず玄英宮を抜け出してふらふらしている延王は最近よくこの妓楼を利用している。 そして陽子と待ち合わせる場所としても活用されているのだ。 「おう、来たか」 酒盃を片手にすでに寛いでいる延王の姿に陽子も笑みを浮かべる。 「お待たせしましたか?」 「待ったといえば何か出るのか?」 「ふふふ……」 いつもならここで反論するところだが今日の陽子は違う。 「こちらを差し上げます」 「は?」 陽子は例のブツを取り出し、延王に手渡した。 延王は何か危険なものを手渡されたかのように警戒している。その警戒は正しい。 「何だこれは」 「チョコレートです」 慶国で陽子が作り出した菓子であるということは延王も知っている。 しかしそれを何故自分が渡されるのかがわからない。 「蓬莱では年に一度、こういう贈り物をする慣習があるんです。それに私も倣ってみました」 「……今まで俺は貰った記憶が無いが?」 これが毎年なら延王も理解ができる。 「色々と私も忙しかったのです。でも今年は時間が取れたので……本当に他意はありませんよ」 「ほう……ちなみに、お前が贈り物をした相手は俺以外に誰が居るのだ?」 「……延王だけですよ」 陽子が聞いて欲しくないところを延王は的確についてくる。 延王ばバレンタインのことなど知らないだろうが……知っていたら盛大に揶揄われていたことだろう。 「そう……では陽子の心遣いを有り難く頂戴しておこう」 にやりと曲者な笑みを浮かべつつも、ちょっと嬉しそうに延王は受け取った。 ……受け取ってしまったのである。 「おーい尚隆、お前また抜け……おいっ!?」 延王が関弓から戻ったと聞いて文句を言いにやってきた六太はそこに延王の変死体を発見した。 ・・・・・・いや、王だから死ぬことは無いが白目を向いてひっくり返っている延王を発見した。 その傍らにはチョコレートの欠片が転がっていたという…… |
おかしいですねー・・・いつも不憫な延王を偶にはいい思いをさせてみよう!ということで
陽子からバレンタインデーを・・・なのに、いつも以上に不憫に・・・おかしいなあ・・・・