■ 劉來の恋物語未満3 ■
霜降を過ぎ、秋の終わりと冬の気配を感じる頃。官吏たちの装いも変わっている。 冬の準備に綿入れをした服に変わるのだ。 禁軍の奴らを除いて。 「……。」 目の前に広がるのは、肌色。 鍛錬によってはち切れんばかりの筋肉を惜しげもなく晒し、流れる汗をそのままに武器を振るう。 はっきり言おう。 「暑くるしい」 もう肌寒い季節なのにも関わらず、とても暑苦しい光景が劉來の前に広がっていた。 そしてここでは年中無休で同じ光景が広がっている。夏であろうと冬であろうと。 禁軍鍛錬場。 夏官でも文官で小司馬である劉來がこの場所に居るのは、もちろん連行されたからだ。 しかし偶には体を動かすべきなのだ。 「いくぞっ劉來!」 毬塊の青い目が劉來を捕えて好戦的に光っている。 毎日毎日訓練をしている相手に敵うとは思わない。 それでも、負ける訳にはいかない。 だって。 「劉來っ頑張れ!」 「小司馬閣下、頑張って!」 陽子が見学している。 余計なものがついていはいるが。 「主上、楽しみですねっ」 そう、陽子の隣に居るのは侍女である 「そうだな、薊花」 「はいっ」 可愛らしい少女のように好きな相手を目を潤ませて見つめている。 その視線の方向は劉來―――― では無く、陽子だ。 ああ、お前もか。 劉來は慨嘆する。よく見かける光景なのだ。 侍女たちが王のことを語るとき、その目は憧憬と思慕なのか恋慕なのかわからない熱を含む。 そこらの男より余程侠気溢れ、そして女にとことん優しい女王は侍女に大人気なのだ。 「はあ……」 「何を辛気臭い溜息をついているっ!」 「っわ!」 毬塊が振り下ろした重い剣を何とか受け止める。 「よく耐えた」 いやりと笑い、すぐに次の動作に移る。 「だがお前だけ主上からの応援を戴くなど万死に値するっ!!」 禁軍兵士は地位が上になるほどに陽子に心酔している。もう崇拝していると言ってもいい。 「それ完璧に私情ですからねっ!!」 激しい剣戟を・・・・・・刃を潰しているとはいえ、身に受ければ痛い。とても、痛い。馬鹿力だから。 だから劉來は必死に避ける。 もう何十年もそれを繰り返しているので劉來の避ける技術は玄人裸足だ。 「小司馬閣下、凄いですね」 「そうだな。あれだけ避け続けるというのも難しい。まだ少しも掠ってさえいないからな」 「主上ならば如何ですか?」 「ん?私か……そうだな。私は避けるよりは相手が動き出さぬうちに先手必勝で勝ちを獲りにいくかな」 「まあっ!」 男らしい陽子の言葉に薊花の瞳が煌く。さすが自ら剣を取る女王なだけある言葉である。 今や下手な兵士よりも強いので桓魋は苦言を呈するのも一苦労になっている。王なら守られて欲しいと思うのだが、守る兵士より守られる陽子のほうが強いのだから何とも言えない。最悪陽子を狙った者から兵士を守るために陽子が剣を振るうなんていう本末転倒なことがおきてしまう。 「さすが主上ですわっ!」 「いや、臆病なだけだよ」 劉來に視線を戻して、陽子は苦笑する。 まだ劉來は避け続けている。なかなかしぶとい。 「劉來っ!いい加減覚悟を決めねーかっ」 「覚悟決めたら痛いでしょうかっ!!」 痛い思いをするくらいならば時間がくるまで逃げることも厭わない。まあそれを許してくれる禁軍左軍副将軍では無いが。 「それは俺への挑戦だなっ!!わかった!もう容赦せんっ!!」 「いやいやっ!文官相手に何を本気になってるんだよっ!!」 これだから脳筋は手に負えない。 しかし陽子に無様なところを見せるのも嫌だ。劉來は意地で避け続ける。しかし終わりはやってくる。 「あっ」 避けた劉來の足元がふらつく。毬塊の目はそれを見逃さなかった。 「っぅらあっ!!」 横薙ぎの一撃を受け、劉來の体が横に吹っ飛ぶ。 どれだけの馬鹿力なのかと呆れるべきか、さすが副将軍と称えるべきか。 吹っ飛ばされた劉來は飛ばされた先で受身をとって転がった。 「っ痛……て、ったく」 「劉來」 そして転がった先には陽子が居た。 頭を抑えて顔を上げた劉來は、そこに美しく微笑む女神を見た。 白い手が差し伸べられる。 「――― 私ともやろう!」 全然っ違った! 女神じゃなくて鬼が居た。 |
ほら、陽子だから(笑)