■ 劉來の恋物語未満2 ■
どさどさっ! 「……。……」 書管が崩れる音が房室に響いた。しかし執務机に向かっている劉來に特に動きは無い。 いちいちそんなものに動揺していてはこの房室には居られないのだ。果たして本日は何処の山が崩れたのか。 どこの山が雪崩れようが、たいして違いは無いが。とりあえず処理済のものと混ざらなければよしとする。 どうせまた誰かが積み上げる。 劉來は手元の書管を右側に積んでいく。右側が処理済だ。そろそろ撤収して貰わなければ雪崩れそうだ。 とんとん。 「……。……」 わざわざ扉を叩く律儀な相手というのは限られている。 だいたい書管を持ってくる官吏は腕に抱えているので扉を叩く手は空いていない。いきなりやって来て、足で扉を蹴り開いて、さっさと積み上げて帰っていく。それでいいのか上級官吏。 とんとん。 「……何か」 用があるのならさっさと入ってくればいい。 面倒くさくなって劉來はちらりと扉に目をやって書管に視線を戻す。 「邪魔するよ、劉來」 「っ!?」 その声に劉來は有りえない速さで顔を上げ、入り口を見た。 鮮やかな赤い髪が目を射る。 「よ……主上」 「陽子でいい。お疲れ様」 そこに立っていたのは劉來が慕ってやまないこの慶国の王である陽子だった。陽子はたまにこうしてふらりと劉來の元に顔を出す。それはいい。いやとても嬉しい。臣下としてはふらふらする王に一言言わなければならないのだろうが、それで会えなくなってしまえば劉來が耐えられない。 「また、抜け出してきたのか?」 「またとは言ってくれる。劉來に会いたくてきたのに」 「っ……」 目を細めて笑う陽子はその台詞が相手にどう受け止められるのかわかって言っているのか。 わかっている訳が無い。無自覚に劉來の心をを揺さぶる性質の悪い想い人だ。 「最近どうも忙しいみたいで禁軍の修練場でも会えないだろう?」 「それは……まあ」 忙しいという理由だけでなく、絡まれるのが鬱陶しいという理由もある。修練場に行けば脳筋たちが相手を探して彷徨している。そんな相手をするのは無駄に疲れる。 「そんな忙しい劉來を無理やり連れ出す気は無いけど、少し話し相手になってくれるぐらいはいいだろう?」 「……別にいいけど」 むしろ大歓迎だ。緩みそうになる表情筋を劉來は必死に平静を保つ。 「そのへんの、書管どかして……」 「相変わらず凄い量だ」 陽子に苦笑される。ある程度の事情はわかっているので、劉來が無能だとは思っていない。 「菓子を持ってきたから茶を淹れよう」 こうして陽子が現れることがあるので心得ている侍女たちは常時茶器だけはいつでも準備できるように揃えている。 「そう言えば……」 陽子が慣れた様子で茶器を扱いながら劉來に話しかける。 「最近劉來と仲の良い侍女が居るって聞いたぞ?」 劉來も隅に置けないな、と。 「は?」 それこそ劉來には初耳である。 「違うのか?真(しん)がそんなことを言っていたのだけれど?」 「……」 あのくそ元上司。余計なことしか言わねエな!劉來は胸中で罵る。 「それ、誤情報だから」 「そうなのか?」 「そうだ」 ここできちんと否定しておかないととんでも無いことになりそうな予感がして力強く否定しておく。 「ふーん……とても可愛い子だと聞いたんだが」 「可愛い子、て……それが陽子と何の関係がある?」 劉來に茶杯を差し出しながら陽子はにこりと笑う。 「可愛い子は潤いだろう?」 どこのオヤジだ。 「そういうのは、いいから」 むしろ陽子自身がそうするべきでは無いのか。劉來の癒しになって欲しい。筋肉むきむきの図体ばかりでかい脳筋どもの中で扱き使われる劉來に!!! ……劉來は相当ストレスが溜まっている。 「はい、どうぞ」 「……ありがとう」 陽子から差し出された茶杯を有り難く受け取り、味わう。 王である陽子に茶を淹れさせるなど景王信奉者どもに知られたらタダでは済まない。 「今日のお菓子はマロングラッセ、もどきだ」 「まろんぐらっせ……?」 「簡単に言うと砂糖で煮た栗だよ。廉王に戴いたんだ。とても大きい栗で、是非ともそのまま食べたくてな」 「陽子が作ったのか?」 「……まあ、手伝ったな」 陽子の菓子作りの才能は残念ながら皆無だ。 視線を逸らす陽子にふっと劉來は笑って、その大きな栗を口に運ぶ。 「うまい……」 「だろう?」 陽子が嬉しそうに顔を輝かせた。 「何か、砂糖で煮たとか言うからもっと甘ったるいのかと思ったけど……これ、酒も効いてるのか?」 「多少ね。風味づけに」 そう言いながら陽子も栗を口に運び、大きく頷いている。良い出来なのだろう。 しかし廉王に貰った栗だとか、景王自ら作った菓子とか……金波宮に居ると色々と規格外なことに出会う。 そう思う劉來を元上司の真が知ったら『お前、ここどこだと思ってんの?』と馬鹿にしたことだろう。 |
突然、マロングラッセが頭に浮かんだので・・・・・・何故だ。