■ 小司馬劉來 ■








 小司馬と書いて雑用と読む。
 劉來は心底そう思っている。
 小司馬といえば、夏官府のナンバー2だ。偉い。偉いのだ。
 普通はそう思うし肩書きとしては事実だ。
 ただし。
 ただし金波宮以外では、と劉來は付け加える。

「小司馬~これお願いしやすっ!」
 そう言って渡された書管は字が汚すぎて解読作業が必要だった。
「これ報告書っす!」
 その報告書は庠学の子のほうが文章力は上だろうという散々な有様だった。
 報告書が一文で問題なし、は無いだろう。
 何が問題なしなのか。そもそも問題とは何なのか。お前はいったい何を報告したかったんだ。首ねっこをひっ捕まえて問い質したい。しかし敵はすでに逃亡している。逃げ足だけは速い。無駄に鍛えられている。
 突然に降って湧いた小司馬昇進に劉來は目を疑ったが、蓋を開けてみれば理由は一目瞭然。
 誰もなりたく無かったのだ。
 これに尽きる。
 つまり劉來は貧乏籤を引いた。いや渡されたのだ。
 良いことは給料が上がったことだけ。人によってそれは一番重要なことかもしれない。
 しかし幾ら給料が上がっても使う暇が無いほど忙しければ何の意味も無い。劉來にとって魅力となり得なかった。
 しかし。
 だがしかし。
 最大にして唯一の利点があった。

「今日は女官奉仕(ホスト)の日だったっけ?」
「ああ、そうだったはず」
「それじゃあ主上の艶やかなお姿が見られるな!」
 官吏たちの噂話に劉來は無表情で耳を大きくする。
 ここは朝議の開かれる朝堂である。小司馬となった劉來は毎日行われる朝議に大手を振って出席できるようになった。それの何が良いかと言えば。朝議には基本的に王も出席する。
 それがどうしたと言われそうだが、他国はともかくこの慶国では景王である陽子の意向により王と官吏たちを遮る帳は取り払われている。つまり遠慮なく陽子の姿を拝むことが出きるのだ。しかも最前列に近い位置で。
 場合によっては直接言葉を交わすことさえ可能である。(もっとも癖のあるメンバーのおかげで劉來のところまで順番がまわってくることはほぼ無いのだが)
 そして官吏たちが噂している「女官奉仕の日」というのは、陽子がいつも世話になっている女官たちに好きなように陽子を着飾っても良いとした日である。いつもとにかく動きやすくて丈夫で汚れても問題ない服がいいと朝服ばかりを着たがる陽子に悲しんでいる女官たちにお返しをする日であるらしい。女官たちの腕もなる。ここぞとばかりに陽子は飾り立てられるのだ。そしてそれを拝見できる官吏たちにとって眼福である。まさに拝んで叩頭したくなる神々しさなのだ。
 そんな陽子が今日は見られる。
 劉來の気分は否が応にも上がった。
 よしっ仕事頑張ろう!
 
 本人は気づいていないかもしれないが、案外扱いやすいタイプである。

 

 
 勢ぞろいした官吏たちの耳に衣擦れの音がする。
 少し前まであったざわめきは今はぴたりと止まり息遣いさえ聞こえないほどだ。
 王の前触れとして景麒が現れ、いよいよ王が現れる。
 いつもよりゆっくりとした登場なのはやはり正装しているせいなのか。官吏たちの期待は高まる。その姿を目に焼き付けるために頭を下げている暇も無い。
 さて本日の主上はどれほどの麗しい姿となっているのか。
 そんな官吏たちの思いは色々な意味で打ち砕かれる。
 現れた陽子は王だった。当たり前だ景王なのだから。
 そうでは無く。
 まさしく。いやまさに。
 現れたのは王の第一礼装である大裘を身に纏った陽子だった。
 玄の衣が陽子の凛々しさを神々しいレベルにまで引き上げ、刺繍の龍はまるで王に付き従う聖獣だ。
 誰も言葉を発することが出来ない。
 畏れ多い。

 そして劉來は、改めて陽子の距離を突きつけられた気がして打ちひしがれるのだった。








劉來(りゅうらい)・・・陽子が大好きな、陽子のために金波宮の官吏になりました
そして小司馬まで昇進?しました!