■ 肝試し ■
−前編−
「今年はまずまずの粒揃いですね」 「春官長は相変わらず点が辛い」 春官長の発言に、微笑で応えたのは冢宰だった。 年に一度。慶国において行われる各官の長が集って開かれる会議がある。 その年に入った新人を半年間観察して、使える人間か否かを判断する・・ある意味新人にはとてつもなく心臓の悪い、不老なのに寿命の縮む思いのする恐ろしい会議である。官吏たちはそれを『有能官吏判別試験』と言っているが、長たちは『肝試し』と呼んでいる。 それぞれの官府からこれは、と思われる新人を選び出しその試験にのぞませるわけだが、新人たちには一切、全く、何が行われるのか告げられず仕事中に突然、いきなり乱入してきた禁軍に”とある”場所まで連行される。 普通の人間ならいきなり禁軍に連行されて動揺しないわけもないが、これも試験の一部。ここで取り乱すようでは本試験に進む前に失格となる。そうして第一関門を突破した新人官吏たちが連行される場所は正殿の中庭で、よほどの高官か王の信頼を得た者にしか出入りを許されない場所に、半数近くの官吏たちの顔色が青を通りこして白くなる。 しかも連行していた禁軍の兵士たちは用が済むとさっさとどこかへ消えてしまうのだ。 そして放置されること一時間。 「ふーん、今年も色々なのが居るみたいだな」 中庭が見下ろせる高台よりその様子を見ているのは、長たちと・・この国の王である陽子だった。 「3番と9番、11番、16番」 新人たちにはそれぞれいつの間にか禁軍の兵士たちにより番号が背中に貼り付けられている。 それを陽子の隣で読み上げる春官長、祥瓊。 手元の名簿にさっとと無情に容赦なく斜線が引かれた。 「失格」 「・・・・厳しいな」 「当然よ。ゆくゆくはこの国を背負っていってもらう官吏なんですから」 そうは言うが、この試験。出世には全く関係ない。 最後まで残ったからといって何か特典が与えられるわけでも、恩賞があるわけでもない。 何かあるとするならば・・・ 陽子や長たちの記憶に残る、ことぐらいだろう・・・がそれが一番の特典なのかもしれない。 「じゃ、そろそろ最終審査に進みましょう」 今回の試験を取り仕切っている祥瓊は俄然張り切りだして、逃げようとする陽子の首ねっこを引っつかんだ。王を王とも思わぬ所業に、しかし周りの官吏たちは見て見ぬふりをする。 「主上、女官たちを待機させてますから。しっかり準備していただきますね?」 「・・・・・・・・・・・・・はい」 友人であり、かつ金波宮の奥向きを支配している祥瓊に陽子が勝てるはずも無かった。 いったい何が起こっているのかわからないまま、祥瓊が密かに脱落させた数人を除いた生き残り(笑)官吏たちは、再び現れた禁軍の兵士たちにより花殿のほうへと誘導させる。 さすがにいったい何が起こっているのかと、兵士に問い詰める者も数名いたが兵士たちには緘口令が敷かれていて一切何もしゃべらない。口を真一文字に結び、しかめ面で歩くだけの兵士は、文官たちには空恐ろしいものがあった。 そして花殿にたどり着いた官吏たちは、自分たちが所属する官府の長たちに出迎えられた。 駆け出しの新人たちにとって、言葉をかわすことも稀な長たちに・・表情はやはり固い。それでもこの訳のわからない状態から抜け出せそうな予感に、少々安堵した。 ・・・が、まだまだ甘い。 本当の試練はこれからだなのだ。 円卓を囲むように座した長たちの中から、ひときわ美貌で知られている春官長が立ち上がった。 「忙しい仕事の合間に、ご苦労さまです」 美人は声まで素晴らしい。 浮かべられた笑顔に数人の官吏たちが見惚れた。 ・・・もし桓魋あたりがここに居たら何を置いても逃げ出しただろう。 こういう笑顔を浮かべるときの祥瓊は、必ず何か企んでいるのだから。 「あと一つ試験を受けてもらえば終わりですから頑張ってください」 ここにきて、初めてこれが『試験』なのだと告げられた一同はざわめいた。 しかし、試験らしい試験など全くなかったはずだが・・・。 「試験とはいっても、あなた方新人官吏たちがどれほど仕事になれたかどうかを確かめるためのものに過ぎません。昇進などには関わりありませんから安心してください」 それに胸を撫で下ろした者数名。疑わしそうにした者数名。全く気にしてなさそうな者数名。 「さて、最終試験に臨む前に皆さんには、あちらの堂室に待機している人から書類を受け取ってもらいます。その書類を受け取ったら、そのまま奥の堂室に進んでください。最終試験を開始しますので」 了承の意を示して、新人一同拱手した。 祥瓊も満足そうに頷き、進むように促した。 「では、左の者から堂室に入ってください。私たちも奥の部屋で最終試験の準備をしています」 長たちが立ち上がり順々に奥の堂室へと入っていく。 「次の者は鈴が鳴ったら入室するように。・・・では奥で待っています」 最後にそう言いおき、その場を後に春官長。 そっと袖で隠した口元にはそれはそれは人の悪い笑みが浮かんでいた。 ちりん、と入室を促す鈴の音がいやにはっきりと鳴り響いた。 ごくり、と息を呑む新人官吏たち。 春官長に出世などは関係ない、とは言われたものの関係ないのならばこんな試験そもそもするはずもない。そう言っているだけで、きっと何かがあるに違いない。 ・・・確かにその察しは正しい。 何か、はある。 ただし、それはやはり出世には全く関係なく、ただ単に。 そう。 長たちと王の・・・ 暇つぶし。 今回の試験の副題は 『若い奴をちょっと揶揄って遊ぼう』 である。 ・・・まぁ、世の中には知らないほうがいいことも山ほどにたくさんあるのだ。 「・・・だれが一番先に行くんだ?」 一番手は誰しも緊張する。何があるかわからないだけに。 一同は互いに視線で牽制しあう。 そんな官吏たちをしりめに、すたすたと堂室へと歩いていく者が・・・ 「あ、春呆(しゅんぼう)!」 呼びかけられても足は止まることなく、堂室の中へ入ってしまった。 彼の字は正確には『春望』であるが、春になるとあまりに呆けて花ばかりを見ていることからこんな別字をつけられた。彼は春官府に所属しており、この試験にのぞむ新人官吏として祥瓊に選抜された。・・・つまり別字はともかく、無能では無いのだ。 「・・・これだから春官の連中は・・・」 「何だと、聞き捨てなら無いことを言う。秋官の連中こそ、何かあればすぐ法が法がと四角四面のがちがちの岩頭ばかり揃っているだろうが」 「何だと!」 チリン・・・ 春呆入室の後、数分ほどして再び鳴った鈴の音に、官吏たちは言い争いをやめた。 次は誰が行くのか、と官吏たちは互いの顔を見合わせる。 ・・・約一名ほど全く興味を示さず本を手にして読みふけっている者も居るが・・・ 彼のことは書痴として知れているので、皆も相手にしない。気が向けば動き出すだろう。 それまでは、その辺に転がっている石と同じなのだ。 「仕方ない。・・・公平にじゃんけんで」 「うむ」 入室の順番を、いちいちじゃんけんで・・・彼らはどこまでも真面目だ・・・決めるというのも何だか馬鹿らしい気もするが、手っ取り早いことも確かだ。 「では」 「うがーっ!」 せーの、で出したグー・チョキ・パー。 皆がグーを出した中、一人チョキを出して負けた官吏が叫び声をあげた。 「お前、相変わらず運が悪いな」 「・・・言うなっ!」 同期の官吏が呆れたように言うのに、怒った男はそのままさっさと歩いて行ってしまった。 「確かあいつだろ?最終面接のときに、試験会場の前でいきなり集中豪雨に見舞われて、びしょ濡れのまま試験受けたっていう・・・」 「そうそう。オレだったら一言言って着替えに帰るけどなぁ」 「いやそれが、『こんなことぐらいで時間に遅れていては、そのほうが時間の無駄だ』って言って」 「ほぅ・・・」 「で、面接の堂室の入り口で、濡れた服の裾を踏んで・・・扉を頭突きして入室したらしい」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 よく官吏になれたな。 新人官吏たちは思ったが、彼の面接官は秋官でバリバリこき使われている夕暉で、その入室の仕方を見た瞬間に『・・・主上が好きそうだな』、と合格印を押されたという・・・。 夕暉がそのことを陽子に話すと、やはり大うけして自分も見たかったと感想を述べた。 チリン・・・ そして、また鈴が鳴る。 |
拍手にて連載していた小説前半です。
祥瓊を春官長にするか天官長にするか悩みましたが春官長に。