■ 密やかなる祝賀 ■







「おや、本日はお一人ですか?」

 いつも二人一組のようにやってくる雁国主従。
 延王一人の姿に陽子は意外そうに尋ねた。
「何だ、俺だけでは不満か?」
「そういうわけではありませんが、あるべき姿がないと心配になるでしょう?特に六太君は誰かのおかげでいつも走りまわっていますから」
「そうだな、帷湍の奴は麒麟と言えど容赦がないからな」
 陽子は呆れた視線を向けた。六太を走りまわらせている元凶は目の前の人物である。
 納得しがたい表情を浮かべる陽子に延王は意地悪そうな笑みを浮かべる。
「あれもやはり慈悲の生き物だったということだ」
 意味がわからない。どうせろくな事では無いのだろうが。
 相変わらず鈍い陽子に延王はため息をついた。
「何ですか」
「我ながら何故お前のように鈍い女に手を出したのか不思議でならん」
「鈍いからでしょう。余計な嫉妬もしませんし、住居が離れているおかげで浮気をしてもバレない」
 ある意味『都合のいい女』と言えるかもしれない。
「お前がそれを言うか」
「私だから言うのです」
 陽子と男女の関係になったとき、延王は彼らしくもなく、否。らしいのか、それまで縁のあった女性全てと別れようとした。だが当の陽子自身がそれを止めたのだ。
「私は慶の民のもの。貴方一人のものにはなれない。そして貴方も雁の民のもの。誰のものにもなってはならない。そうではありませか」
 そう言って。
 陽子の一番は民だった。それは慶国のみならず、他国のものさえ含む。
「お前、嘘でも良いからそういう時には『貴方だけのものです』と言うものだ」
「互いに嘘だとわかっていることを言ってどうするんです?」
「気分が良くなる」
 陽子は異なことを聞いたとばかりに目を丸くした。そしてぷっと吹き出す。
「貴方がそんなことを仰るとは思いませんでした。・・これまで散々寝物語に囁かれてきたでしょうに」
「お前は囁くどころか寝言にも言わぬがな」
「恐れ入ります」
 二人のやり取りを傍で見ている人間には、とても『恋人同士』とは思えないだろう。色気も何もあったものでは無い。
 それにやきもきしたのが六太だった。


 『陽子にもっとちゃんと優しくしてやれっ!!』


 絶大なる人気を誇る女王のただ一人の座を奪いとった癖に、傲慢としか思えない態度を貫く主(とはとても思いたくもない)延王を、六太は玄英宮から蹴り出した。・・・自分だって陽子と会いたいのをぐっと我慢して。
 うかうかしていると、またどこの誰とも知れない相手に奪われるかもしれない。
 六太の目の届かないところへ行ってしまうかもしれない。
 そのくらいならば、まだこの馬鹿(=延王)のほうがいい。精一杯の譲歩だった。

「六太君も来てくれるのだと思って、腕を振るったのに残念だ」
 しかしそんな六太の気持ちを一番理解していないのは、やはり陽子だった。
 延王は心中、報われない相方に苦笑をもらす。
 至高なる女王の大切なものは数多くあり、六太もその中に含まれる。・・・そして含まれないのが延王なのだ。
 いつでも切り捨てることができる相手・・・だからこそ陽子は選んだのかもしれない。
「陽子」
「はい?」
 卓を挟んで向かい合った陽子に、延王は酒盃を掲げた。
「とりあえず、今年も良しなにな」
「・・・こちらこそ」


 それでもやはり、こうして邪魔する者も無く二人だけの時間を過ごす特権を与えられていることは、幸せなことなのだろう。
 互いに本音を口に出せぬ王二人。

 密やかなる新年の祝賀に、月光だけが花を添えていた。












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延王×陽子、なのに辛気臭い上に報われてなさそうな延王(笑)