■ 10年目の浮気 ■










 平和に終わった朝議から戻ると、室内には不法侵入者が居た。


「・・・延王」
 疲れがどっと陽子を襲った。
「遅かったな」
 不法侵入者=延王は自分で持ち込んだ酒を片手に笑顔で出迎えてくれた。
「遅かったではありません・・・ご自分の国の朝議はどうされました?」
 今ここに入るということは、早くても昨日の昼頃には延(に居たのならば)を出ていたということだ。
 もちろん朝議などに参加はしていないだろう。
「今更だな」
「・・・今更でしたね」
 しみじみと呟く。600年以上もこの状態を続けておきながら、諦めるどころかますますもって帷湍も朱衡も成笙も…彼ら側近たちは執念深く延王に苦言を呈する。感心してしまう。素晴らしい。
「・・で本日はいったいどうされました?」
 百年以上付き合っていれば、いい加減陽子の対応も雑になる。
 扉で着替えの手伝いをしようとしていた奚たちを下がらせて、頭に刺さる簪を抜き取る。
「お前、浮気をしただろう」
 ・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 陽子は動きを止め、延王をその宝石のような翡翠でまじまじと見つめた。
「何だ」
「・・・いえ、何を言っているのかとか何とか問う前に、貴方からそんな言葉を聞くとは夢にも思いませんでしたので」
「俺とて嫉妬深い男の一人にすぎぬということだ」
「はぁ、そうですか」
 全く信用していない口調の陽子は、重い上着も脱ぎいつもの朝服姿となる。
「さて、私が浮気をしたとのことですが・・・その相手はわかっているのですか?」
「そうだな、お前は相手に事欠かぬだろうが・・・」
「それは延王も同じでしょう」
「俺はお前一人だ」
「・・・・・私に遠慮されなくても構いませんよ」
 本気で心からそう思っている陽子だからこそ、他の女などに手は出せないのだが・・・鈍い女王にはきっと一生わかってもらえないことだろう。
「俺が構うのだ」
「はぁ」
 延麒が聞いたならば『何を殊勝なことを』と鼻で笑っただろう。
「話がずれた。お前の浮気相手だが」
「はい」
 陽子自身に心当たりはない。
「曹深(そうみ)という女に心当たりがあるか」
「・・・ちょっと待ってください。どうしてそこで女性なんですか・・・?」
 陽子の浮気相手というのならば、男性だろう。延王ではあるまいし。
「心当たりがあるのか、無いのか」
「・・・・・・・・」
 陽子の疑問には答えず、問い返す。
 小さくため息をつき、陽子はその名前を・・・記憶の中で探る。百年も生きていれば、記憶の中に眠る名前の量も相当数にのぼってくる。
「・・・生憎記憶にありませんが・・・」
 一度記憶した名前は忘れない。例えそれが一度の邂逅であったとしても。そう、心がけている。
「では、最近連に行ったか?」
「連・・・・ですね。ええ、半月ほど前に」
 少し殺伐としたことがあったので、廉王と廉麟のほのぼの空気に癒されに出向いたのだ。
「そのときに女を助けただろう」
「えー・・・と、そういえば」
 酔漢数人に囲まれていた女性を助けた覚えはある。
「それがどうかしましたか?」
 陽子にとって良くあることで、殊更問題にするようなことでも無い。
「それだ」
「何が」
「その女の名が曹深という」
「はぁ」
 だからどうしたというのだ。
「その女と深い仲になっただろう?」
「なるわけ無いでしょう」
 本気で呆け始めたのではなかろうかと、陽子は延王に心配げな視線を注いでしまった。
 何しろ、いたって延王の顔は真面目なのだ。
 女同士で、何をどう深い仲になれというのか。
「曹深は、お前の腰に黒子が二つ並んでいることを知っていた」
「・・・・・・。・・・・・・」
 陽子は水禺刀を握り締めた。・・・・もう少し自制心が無ければ延王をそれで殴りつけていただろう。
「・・・酔漢を追い払うときに服が泥水で汚れたんです。その着替えを手伝ってもらったからでしょう」
 その言葉に、延王は『これだから・・・』と呆れたように頭を振る。
 ・・・・陽子は再び水禺刀を握り締めた。何故延王(なんか)にそんな風にされなければならないのか。
「いつも言っているだろう。お前は無防備すぎる、と」
「私自身、そうは思っておりませんので・・・」
 警戒心はちゃんと備えていると自負する陽子である。そういう意味ではなく、違う意味で『無防備』なんだと周囲が幾ら口をすっぱくして言っても、全く効き目が無い。

「曹深は、女もいける女だ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 陽子の目が点になった。













「今度からは、女といえど簡単に肌を見せるなよ」
 有難い延王の忠告は最早遅いというものだろう。
 陽子としても驚いたが、別に見られて減るものではなし、実害も無かったのであまり気にならない。
 問題なのは。
「延王」
「ん?」
 陽子は卓を綺麗に整えられた爪でとんとんと叩くと・・・麗々しい微笑を延王に向けた。
「私としては、いつどこでどうして貴方がそのような話を曹深、という女性とされたのか。そのほうが気になるところなのですが・・・・?」
「・・・・・・・・。・・・・・・・・」
「先ほど、曹深は女「も」と仰いましたね?ということは当然、異性も大丈夫なわけですか」
「・・・・・・・・。・・・・・・・・」
「私は、延王・・・貴方が浮気をされようが、二股をかけられようが、後宮を女性だらけにされようが・・・責めようなどとは爪の先ほども思っておりませんが」
「・・・・・・・・。・・・・・・・・・」


「嘘を吐かれるのは、大嫌いなんだ」


 すっと陽子の顔から表情が消えた。


「しばらく顔を見たくありません。あしからず」
 反論を許さず言い切った陽子は、班渠・・・と呼ぶと・・・延王を首で示し、強制退去させた。
 












 数時間後。
 首根っこを使令に捕まれた延王が、延と慶の国境付近で待ち構えていた成笙に引き渡されたらしい。
















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できあがっちゃってるはずなのに・・・延王、むくわれてない(笑)