女王陛下のお茶会










 少しばかり時を遡る。
 馬鹿の中の馬鹿の中の、馬鹿…と珠晶に罵られている大僕寛流(かんりゅう)が何をしていたかというと。

「しゅ・・・じゃなくて、お嬢様。人が多いですから決して私からお離れにならないようにお気をつけ下さい」
 珠晶どころか、誰も居無い背後に向けて語りかけていた。
「本来ならばこのような場所に護衛もつけずに来られるなど・・・ああ、燈苛(とうか)様にばれたら〜〜」
 恭国冢宰の名を叫び頭を抱える。十二国ある国の中でも冢宰が女性であるのはこの恭国のみ。
 艶麗なる美女であるが、怒らせると超恐いと官吏の間では噂高い。ヒステリックにわめくのでは無く・・・心の底から打ち震えるような恐ろしさなのである。
 その恐怖に蹲った寛流は、こういう場面で合いの手にように入る主の罵声が無いことに気づいた。
「しゅ・・・お嬢様?」
 振り返ってみる。
 あれ?
 寛流はぐるりと自分の周囲を見渡した。街の大通りもはずれ、通行人も居ない。
 おまけに珠晶も居無い。

 さぁーーーー・・・と一気に顔から血の気が引いた。



しゅっ・・・・・・・っお嬢様っ!?



 珠晶から(が?)逸れる事、一時間。漸く、事態に気づいた寛流だった。








「と・・・・・・燈苛様に、殺される・・・っ!」










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 一頻り罵り、気が済んだ珠晶は大僕が迷いこんでいるだろう場所を考えてみた。
 王となって百年。生まれ育った連檣とはいえ、随分と様変わりしている。それでも変わらないものたちを見つけることができると懐かしくてそれらについつい目を奪われてしまった。逸れたのは寛流のせいばかりでは無いが、元来意地っ張りで照れ屋な珠晶が素直にそれを認めたりはしない。

「とりあえず、あの方向音痴が迷いこむ先っていうのは何故か決まって人気が無いところなのよね。そのせいで道を聞こうにも聞けず、適当に歩いて更に迷うのよ」
「へぇ・・・珠晶はその人のことをよく観察しているんだな」
「したくなくても、ほとんど四六時中一緒に居たら覚えるのよ!」
 随分と不満そうである。
「・・・ま、まぁ・・でも今までちゃんと目的地にはたどり着いていたんだろう?」
「ええ、半日くらい遅れてね」
「・・・・・・・・そうか、方向音痴も大変なんだな」
「大変なのはこっちよ!」
 ごもっとも。
「右に曲がればすぐなのに左に曲がって左に曲がって更に左に曲がって元の場所に戻って、そこで漸く自分が迷ったことに気づいて目的地の確認するんだから。それなら最初からしなさいっていうのよっ!あの馬鹿!」
 ひと息に叫んだ珠晶は肩で息をする。
 随分と苦労しているのだなぁと陽子は憐憫の視線を注いでいた。
「・・・とりあえず、何とか目的地にはたどり着けるようだから、あの騎商にもう一度行ってみようか。居なかったとしても伝言を残しておけばいいし」
「この宿に居るって?・・・・・どうせまた更に迷うんでしょうけどね!」
「・・・・・・」
 相当な方向音痴らしい。
「そうだな・・・・だったら、この桓魋を案内役として残しておいてもいいし」
「ちょっ・・・朱嬰様!?」
 何を言い出すのだと、陽子の護衛役である桓魋が今度は叫んだ。
「人助けなんだから」
「そうですけど・・・優先順位というものがですね・・・」
 まずは陽子の身を守ることが一番であり。桓魋以外に護衛が居無いこの場合、桓魋が陽子の傍から離れることは出来ない。
「私は大丈夫だ。ほら」
 使令がついてるし。と陽子が目配せで伝えてくるのを、わからないふりで視線をそらした。
 むっとして表情をする陽子を視線の端にとらえるが、ここは妥協するわけにはいかない。
 ちっ、と陽子が舌打ちした。
「・・・仕方ない。ここで考え込んでいてもその・・えーと、連れの名前を何と言うのだったか」
 当の方向音痴の迷い人の名前を聞いていなかったことを今さら気づいた。
「寛流よ」
「その寛流という人は見つからないだろうし・・・先ほどの店に戻ってみよう」
 至極妥当な提案に否やの声は上がらなかった。










 そして、やはり寛流は居なかったのだった。








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