女王陛下のお茶会










「・・・何も聞かないの?」

 運ばれてきた茶と菓子も舌鼓を打っている陽子にたまりかねた珠晶が声をかけた。
 だいたいこういう場面では事情を聞くとかそういうのが普通ではないだろうか。
「?何を?」
 菓子の美味しさに没頭し、鈴と祥瓊に土産で持って帰ろうか・・・いや二人だけじゃすねる奴が居るよな、特に金髪頭の無駄に身長だけが高い下僕が・・・とか考えていた陽子が我に返った。横で桓堆がため息をついた。
 彼のため息の回数は最早計測不可能な数値に達しようとしていることは間違いない。
「何をって・・・っもういいわよ!」
 いつでも自分ペースで事を進める珠晶には他人に振り回されるという経験が少ない。それだけに勝手がわからず苛々してくるのだ。
「ああ、遠慮なく食べてくれ。この桓堆の驕りだから」
「は!?」
 肩を叩かれた桓堆は寝耳に水、とうろたえた。
 禁軍左将軍を勤める桓堆にこの程度の金額など払うには困らないが…奢る相手は選ばせて貰いたい。
 後日、陽子の口からそんなことが関係者に漏れようものなら、『ほぅ・・・お前がなぁ、なかなか左将軍も隅に置けぬなぁ』と痛くも無い腹を多方面から探られ兼ねない。
「仕方ないだろう。私は今回無一文なんだから」
 偉そうに言うことじゃないですよ・・・主上・・・
「帰ったら返すから」
「いいですよ!このくらい奢らせてもらいますっ!」
「・・・だそうだから、遠慮なく食べてくれ」
 ささ、と笑顔で勧める陽子に珠晶は何かを諦めたように小皿を引き寄せた。
 そんな珠晶の様子を陽子は微笑ましげに見つめる。
「・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・なに?」
「ん、いや気にしないでくれ」
「・・・・・そんなにじっと見つめられちゃ気にしないでと言われても気になるのよ」
「本当にたいしたことでは無いんだが・・・」
「だから何よ」
 珠晶のイラつきゲージが上がってくる。


「珠晶の食べる仕草は美しいなと思って」


「!!」
「・・・・。・・・・」
「私などいつももっと上品に口に運べとか、箸使いがなってないとか煩く言われるものだからな・・・ついつい見惚れてしまった。不快に感じさせてしまったならすまない」
「べ・・・・別にいいけどっ」
 珠晶の顔が怒りだけで無く、赤く変わっていく。
「・・・・・。・・・・・」
 (主上・・・天然過ぎるのもいい加減にして下さらないと・・・・)
 『口説く』というに相応しい行為を全く無自覚に行う主に、疲労感が襲った。


「ところで」
 陽子は一息ついたところで口を開いた。
「珠晶は名のある家の令嬢だろう?供もつけずにうろついては、またあのような破落戸たちに因縁をつけられるとも限らない。目的地があるなら、そこまで送るけれど?」
「・・・・・・」
 珠晶は逡巡した。
 出会って数刻ほども経っていないとはいえ、目の前の美青年(陽子)が悪い人間では無いことはわかった。
 ・・・・ある意味性質は悪そうだが。
 申し出はありがたい。かと言って、官府まで送ってもらうわけにはいかない。
 いちばん良いのは大僕を見つけ出し、うまく誤魔化して別れることなのだが・・・このままではわざわざ宮殿を出て街に下りてきた意味が無い。
(・・・この際、役に立ってもらおうかしら・・・?)
 伺うように珠晶は陽子の目を見ると、本物の宝石以上に美しい翡翠の瞳が穏やかに見つめ返してきた。
 珠晶は警戒心は人並み以上にあるし、どこかの馬鹿麒麟のようにほいほいとすぐに他人を信じてついていくようなおめでたい人間でも無い。伊達に百年の歳月玉座に座り続けているわけでは無いのだ。
 その珠晶をして、全面的に心を傾けたくなる衝動が不思議で仕方ない。
 穏やかな笑顔は、知り合いに共通するものがあるが・・・あちらは明らかに腹が黒いのがわかっているので、素直に受け止めた試しは無い。

「・・・旌券を見せて」

 それが珠晶の精一杯の譲歩だ。
「ああ、そうだな。・・・これを」
 陽子は懐から旌券を取り出し、珠晶に手渡した。その旌券は陽子がお忍びの際にはいつも携帯される雁国製の特注品だった。実によく役に立ってくれている。さすがに、そろそろ返さねばならないと延王に見せたが、軽く『ああ、持っておけ。腐るもんでもないしな』とかわされた。
「・・雁?貴方たち雁から来たの?」
 雁と恭は黒海を挟んだお向かいだ。距離的には近いのだが柳が荒れたために、海路や陸路での交易がままならなかった時期がある。とは言っても交易が再開してしばらく経つ上に、田舎街ならともかく首都で他国人を見るのは珍しいものでは無い。・・・ただ、あまり二人が商人風ではないのが気になった。明らかに武術を会得しているだろう図体の男は、美青年に付き従うように控えているので・・・主は美青年のほうなのだろうが・・・どこか大店の若旦那と護衛という組み合わせなのか・・・
「雁の人が恭に何しにきたの?」
「うーん、まぁ言ってみれば・・・遊学、かな?私は、恭国だけでなく色々な国のことを学んでいる最中なんだ」
「色々な国?・・・変な人ね」
 すっぱり言い切られて陽子は苦笑した。こちらでは珠晶の感覚のほうが正常だ。
「まぁ、いいわ。・・・・実は、私騎獣を買いに来たんだけど・・・」
 珠晶はこれまでの経緯を話した。
「恭では騎獣を求めるのに、年齢制限でもあるのか?」
 陽子が尋ねる。
「無いわよ。・・・まぁ、店側も私みたいな子供に渡して後で文句言われちゃ困るとでも思ったんでしょ」
「そうなのか?・・・私は珠晶はしっかりした一人前の女性だと思うが。それで、私たちはどうすれば良いんだ?珠晶の保護者のふりをしていればいいのか?」
「出来ればね。聞き分けの無い妹に頼まれて困るって顔で」
 珠晶は肩をすくませる。
 陽子はくすりと笑った。

「では、せいぜい兄役を頑張るとしよう」









  

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